「君の名前は?」
「リンネ、です」
「珍しい名前だな、まあよろしく」


にっこりと微笑んで右手を差し出してくるシンさんはどこからどうみても怪しさ満点だったけれど、初対面から不躾な対応をとるのは如何なものかという倫理的な理由で同じ笑顔でその手を握った。もしかしたら少し、ぎこちなかったかもしれないけれど。

でも幸いそんな私の心情など気にかけていない様子で、シンさんは相も変わらず私をニコニコと眺めている。ひとまずは変に勘ぐられなくて安心した。


「で、リンネはここの乗組員かい?」


よ、呼び捨て。はじめましての女の子に対して呼び捨てだよこの人。きっと絶対女性にだらしがない人だ。

胸中でヒッと悲鳴を上げると共に、初対面で呼び捨てイコール俺様エリートかパーソナルスペースを知らないアホな子、はたまた新手のナンパか、という現代人の悲しい偏見もあり目の前の男性から自然と一歩身を引いてしまう。そのせいか肯定の意を示す返答も少しどもってしまった。


「どうした?」
「い、いえ別に」
「ならいいが。実は、ちょっとお願いがあるんだ」
「お、おねがい、ですか?」


一定の笑顔のまま表情を崩さないシンさんに、少なからず恐怖を覚える。崩さないというより、最早表情筋がひとつも動いていないようにさえ見える。世渡りが上手そうな笑顔だ。

何だか意味もなく両親の顔が浮かんできて辟易した自分がいた。それでもやっぱり、シンさんは私の表情の変化なんて気にかけはしなかった。余程鈍いのか、それとも気付いているのに敢えて無視しているのか。多分後者だ、なんてたった今出逢った人間に対して思う事ではないのだろう。


「この船、シンドリアまで行くんだろう?」
「はい、そう聞いてます」
「俺も乗せていってはくれないか」
「…はい?」
「実は仲間達が乗った商業船に乗りはぐってしまってな、困っていたんだ」


ハハハ、なんてお茶目に笑うシンさんの長髪が、真っ白な衣服が、潮風に撫で付けられる度にふわりふわりと形を変えていく。何となく、綺麗だと思った。

つまり置いて行かれたのかと率直に聞けば、シンさんは断じてそんな訳ではないと否定の意を表してきた。
同乗者、ねえ。別に一人くらい同乗者がいたって構いはしないのだろうけれど、それは私が決めていいことではない。


「船長さんを呼んできますから、待っててもらえます?」


たった数分間で私の胸に様々な感情を呼び起こしたその人が頷いたのを確認してからデッキを駆け上がったら、何故か潮風が目に染みた。





どうやら船長はシンさんの同乗を二つ返事で了解したらしい。
私はその間に買い出しに出掛けてしまったから目撃はしていないけれど、何でもその場に居合わせた船員さんによればシンはかなりの財宝持ちで、乗船代も前払いしてくれたんだとか。ますます怪しくない?とは流石に誰にも言えなかった。


「リンネ!改めてよろしくな」


買い物も無事二往復で終わり、因みに勿論お酒は忘れて、さあいよいよ出港だと皆さんのテンションも随分高揚した時、個室で荷物整理をしていたらしいシンさんがデッキに出てきて開口一番そう言った。どんなに私が彼を胡散臭いと思おうが、もうこの人と一緒に最低でも一週間は船旅をする事は決定事項であるので、私もやっぱりまたおんなじような笑顔を取り繕う。


「はい、短い間ですが宜しくお願いします」
「堅苦しいなあ、敬語はよせよ」
「でも、シンさん幾つですか…?」
「ん?今年で二七になるが」
「やっぱり、私の方が若いんだから敬語は使うべきです」


年上は敬わなくちゃ。
立て続けに断言すると、シンさんは随分厳しい縦社会だなあと笑って私の頭頂部をポンポンと撫でた。日本生まれ日本育ち、しかもガチガチの家庭で育てられた私には分かりかねる。この世界では年功序列という観念があまりないのだろうか。


「そういうリンネは幾つだい?」
「私ですか?」
「見たところまだ十代だろう」
「いや、私もうすぐ二十二ですよ」
「あれ?そうか見掛けによらないな」
「ありがとうございます」


年を間違われるのは慣れている。私は傍目から見ると二十代には見えないらしい。まあ確かに早生まれだからまだギリギリ二一ではあるのだけれど。

そんな事を考えた時、操舵室の奥から船長さんが私の名前を呼ぶ声が潮風に乗って届いてきた。傍らで、「俺にも君くらいの年の仲間がいるよ」なんて意気揚々といった表情で語るシンさんには申し訳ないけれど仕事だ。身よりもお金もない私の人生を成り立たせる為にはいかなくちゃ。

そう思うが早いか、すみませんとシンさんに断りを入れて、今にも出港せんとぐらぐら揺れる甲板を、未だに慣れないヒラヒラした大布で出来た服の裾を靡かせながら横切るのだった。






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