立ち眩みや動悸が酷い上に眠りも浅い、と医務室にやってきた文官の患者さんはつらそうな様子で述べた。見たところまだ四十代半ばの彼の目の下には、青紫色をしたクマがはっきりと見てとれる。ああ、これは酷いな。診察の結果は貧血。体質と多忙によるものなんだろうな、そう考えた。

自分の考えをその文官さんに伝えると、彼は気弱そうに眉根を下げてそれから「私も軟弱になったものだなあ」と寂しい口調で言葉を紡ぐ。文官なのだから仕方ないですよ、とは口に出来ず、ただ曖昧な笑みを浮かべながら逃げるようにガラス製の薬棚に向かった。


「それは?」
「生地黄です。貧血にはこの絞り汁を水で煎じて飲むと良いと言われています」


文官さんの方に向き直って笑顔で右の手のひらにのせた生地黄を見せる。すると、何故だろうか、眉尻を下げた情け無いとも言える表情だった文官さんの瞳が、みるみるうちに訝しさ漂うものになっているではないか。心なしか、いや、確かに、彼からの視線が鋭くなった。怖さすら感じるそれに、思わず睫毛を二度ほど上下させる。


「あ、あの…?」
「そんなモノ、生まれてこの方使ったことがありませんが?」
「そうなんですか。でも効き目はありますよ」
「効くかそんな得体のしれない植物!」
「え?」
「私は私の信用する処方しか受けない!こんなみたこともない植物を飲めと言うお前は信用できない!」


一瞬、言葉通り医務室が沈黙に包まれる。
まさかそんな事キツい言葉を貰うことになるとは思っていなかった為か、体が勝手に震え始めた。信用できない。私は、信用できないのか。頭の上に石を落とされたような気持ちになる。

と同時に、悔しさ似にた気持ちも胃の中で小さく蠢きはじめ、気がつけば強く唇を噛んでいた。良かれと思ってしている事が、こんな風に突き放されてしまうものなのか。蔑むような目を向けられてしまうものなのか。

心臓に針が刺さるような気分だったけれど、私は目の前で堂々と睨みつけてくる彼に言い返したりはしなかった。いや、出来なかったのだ。医療に携わっていればこういう事もあるのだと、自覚しているから。

人間なんてみんな違う考えを持っている生き物で、そのくせ自分の知らない「異物」に対しての警戒心は強いものなのだ。そう理解しているからこそ、口を噤んだまま文官さんの目を見詰める。ショックだけど、受け入れよう。非難の色に滲んだ彼の瞳を見てそう決め、とりなす為の謝罪の言葉を口にしようと空気を肺に溜めた瞬間。

私より一足早く、室内を凛とした声音が貫いた。


「彼女は信用に足る人物だ」


聞き慣れた、安定感と包容力のあるその音に首が千切れんばかりの勢いで入り口の方へと顔を向ければ、そこには黄金色の双眸に火を見るよりも明らかな自信をたぎらせた、この国の最高権力者の姿。

驚きで声が出てこない。ただ、目を丸くしたのは私だけでなく文官さんも同じ事だったらしく、彼は首をシンさんの方に回したまま硬直してしまった。


「シ、ンさん…」
「リンネはいつだって、この国の為に奔走してくれているんだ。」
「けれど、こんな身の保証も無い者を…!」
「身の保証ならば俺がするさ」


だから、どうか大人しく治療されてくれないかと、シンさんは優しい笑顔で未だに驚きから覚めることのない文官さんに頼んでくれた。いや、頼むと言うよりは諭したと表現した方が正しいか。とにかく、この場をシンさんが納めてくれた事は確かである。

そしてそれ以上に、私の胃に溜まった思いをやんわりと抑えてくれたのも、他でもない彼だった。シンさんはこんな私を認めてくれている。信用すると言ってくれている。その言葉が、今日のみならず何時だって私の中核を支えてくれているのだという事を、果たして彼は知っているのだろうか。

じんわりと暖かい気持ちになりつつ、文官さんの改めて表情を伺う。すると、目が合うよりも早く、ペンだこが沢山ついた掌が私の方へと向かってきた。それは目の前まで来ると面白いくらいにピタリと止まったものだから、どう対応すべきかと少したじろいでしまう。これは、何の合図だろうか。顔を背けられてしまっているから表情も探れない。


「…あなたの気持ちもふまえず、済まなかったですね」
「え…、い、え。こちらこそ」
「私にも、処方していただけますか
?」
「…もちろんです!」


ああ、何で私はこういう時、もっと何か良いセリフを口に出来ないのだろうか。もっと、もっとこの声にならない感動というか幸せというかを形容するに相応しい言葉が、きっとあるはずなのだ。

けれど未熟な私は、やっぱり何か足りない、ありきたりで短い言葉しか出て来ない。語彙呂がほしいなあ、なんて
、文官さんの開かれた手のひらの上にそっと生地黄をのせながら、ぼやぼやっと考えた。私も、何か他の人にあげられる人になりたい。薬より効く言葉を無償で分けてあげられるような、そんな人。

背中にシンさんの柔らかな微笑みを感じつつ、静かに文官さんさんに笑い掛けてみる。ぎこちない笑顔だって、いつかかならず誰かの心に返り咲くと信じて良いだろうか。

そんな自問に近い疑問は声に出さずとも、軽やかに私の右肩に掌を置いてくれるシンさんが、そして何よりも受けとった薬を見てゆったりと一度瞼を下ろした文官さんが、揺るぎない答えというヤツを出してくれている気がした。




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