愕然とした。そしてそれ以上に、己の短絡さを恨んだ。
自分のちっぽけな知識や僅かな経験ではどうにもならない命がある、というのは一番に肝に銘じておかなければならない事であるというのに、私はそれをすっかり忘れていたのだ。

逆に、私がこの国に来てから約7か月間、何故今まで、私みたいな人間では力不足であるという患者さんがいなかったのか不思議に思う。何故私が取り上げた計七人の赤ちゃんが、逆子でもなく奇形児でもなくきちんと健康体で生まれてきてくれたのか、それも不思議に思う。

きっと、今まで私は環境にも患者さんにも恵まれ過ぎていたのだ。それに溺れて、医療従事者としての肝心な事は見てみぬ振りをしていたのだ。なんて、なんて情け無いのだろう。


気を抜けば直ぐにでも出てきてしまいそうな涙を無理矢理目頭の奥に押し込んで、小さな小さな命を壊れもののように抱きかかえる。静かに息を吐いて、へその緒を切った。腕が震えた。周りで助産を手伝ってくれていた侍女さん達が息を飲む音が、やけに強く響く。

急患だと言われ連れて行かれたのは分娩室で、そこには産気づいた妊婦さんの姿があった。ただ、それは私の予期していない事態であった。そこにいた妊婦さんはまだ妊娠して29週程しか経っていなかったからだ。3か月近く早い出産に、当然私の背中には寒気が走った。早産だった。

そう、その時にはもう、なんとなく分かっていたのだ。生まれてくる子は早産児で、私の力で、この世界の医療進度で救える命ではないのかもしれない、という事に。


そして、それは私に現実となって襲い掛かってきた。
陣痛は適切に来ていたらしく切開はすることなく生むことが出来たものの、彼女から生まれて来た女の子の赤ちゃんは余りに小さく、重量なんて感じられない程に軽かった。2500グラム以下の赤子を低出生体重児、平たく言ってしまえば未熟児と呼ぶ。彼女は明らかに、未熟児だった。それも、抱いただけできちんと重さを計れる訳ではないけれど、恐らく一キログラムもない。

体の重さと命の重さが伴わずにこの世界に出て来てしまった小さな女の子は、泣かなかった。つまり、言ってしまえば自分の鼻と口で呼吸をする事が出来ない状態だった。という事は、彼女は生きる為に必要不可欠な酸素を体に取り込めないと言うことだ。赤ちゃんは胎内にいる間はへその緒を通して酸素を受け取る事が出来るけれど、生まれてしまえばそうはいかない。

このままじゃこの子は、死んでしまう。
大きく一つ、深呼吸をしてから柔らかくて清潔な大布の上に生まれてきたばかりの彼女を寝かせる。このうえなく慎重な行動とは裏腹に、脳内はパニックになったかのように忙しなく動いていた。

未熟児に対しての処置としては、確か、現代ならば保温器に入れるなどの処置をとるはず。妊婦さんにはマグネシウムを投与…いや、それは生まれる前の段階での話だったっけ?ああもう、医学書を取りに行きたい。…けど、いま私がここを離れる訳にはいかない。それに、いくら現代の治療法を頭に並べたって今この世界で実現可能な訳ではないし、それよりまず彼女の場合は酸素を与えなければ死んでしまう。

だから、心臓マッサージと人口呼吸を出来るだけ的確に迅速に。そうだ、早く、早く私がやらなきゃ。やらなきゃだめ、早く早く早く、助けないと、私が助けないと。

呼吸が苦しくなった。うだうだしている時間はないというのに、私は本当に駄目な人間だ。震える指先で、赤ちゃんの胸あたりに手を添える。始めよう、そう思った丁度その時、後ろの分娩台に寝転んだままの妊婦さんが不安げな声を上げた。私の赤ちゃんは。そう、心配そうに、愛おしそうに。瞬間、目に涙が溜まるのを感じた。

駄目、こんなところで、泣いては。まだ彼女は死んだ訳じゃない。手伝ってくれている侍女さん達だってみんな、不安そうに顔を歪めているけれど、それでもこのまま小さな命の消滅を緩やかに待とうと思っている人はいないだろう。だから、私がしっかりしなきゃ。声、早く声出さなきゃ。出てよ。


「絶対、助けたいんです」


赤ちゃんのまだ未発達の胸筋あたりを、ゆっくりとマッサージし始める。絶対助けます、とは言えなかった。本当はそうやって妊婦さんを安心させてあげるべきなんだろうけれど、それでも。

赤ちゃんはまだ泣いてくれない。息をしてくれない。嫌だ。死なないで。やだ、私は、あなたを助けたいの。
視界を歪ませる涙は心臓の奥底に仕舞い込んで、ただ必死に目の前の生命の救命に取り組んだ。





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