「皆さん、お昼出来ましたよー」


どうやら私は異世界に来てしまったらしい。
そう気付いてからもう二週間が経とうとしていた。

運良く面倒見も人もいい商業船の船長さんに拾われた私は、今、その船長や乗組員さん達の食事を作る事で身を持たせている。自炊していた訳ではないけれど簡単な料理ならば何とか作れるし、作れなくとも適当に混ぜて炒めたり茹でたりすれば大概はセーフだった。
船員さん方は本当にいい人ばかりで、私がちょっと失敗した料理に対しても「珍しい」「中々出せない味だ」と慰めているのか貶しているのか分からない台詞と共に笑顔でお礼を言ってくれるのだから。

何となくこそばゆい気持ちを噛み締めつつ、今日のお昼の野菜炒めとアラビアータという何ともアンバランスな二品をそれぞれ大皿に盛り付けてから長テーブルに運ぶ。船長さんを初め皆さんもう席に着いていた。


「お待たせしましたー」
「おお、手伝えなくて悪ぃなリンネ」
「いえいえ、今朝の残りのスープもありますよ」
「もらうよ。妻がいた頃は手伝ってたんだがなあ」
「嘘吐け船長、カミさんに家事やれっつってど突かれてたじゃないすか」


船員さん達からドッと笑いが起こると、決して綺麗とは言えない船中が小さく揺れた。最初は浸水するのではと恐れていたけれど、二週間も経てば慣れてくるものでもうこんなのはへっちゃらだ。

船長さんにお前も座れやと言われ大人しく端の席に着けば、皆さんそれを待っていたかのように各々料理に手を伸ばし始めた。あたたかい。家では決してなかった大皿で食べるご飯は、私にとっては革新であり喜びだった。

本当に、今回ばかりは運がいい。
私には珍しい幸運というやつに感謝しながら、自作の野菜炒めをゆっくりと口に運んだ。





「そう言やあ、分かってるな皆」

大皿も空になりかけた頃、船長さんがそんな風に声を上げた。何を分かってるって?小首を傾げた私と相対するように、船員さんは皆承知のようで声を揃えて「へい」なんて小気味いい返事をひとつ。どうやら私だけ状況把握出来ていないらしい。


「え、何かあるんですか?」
「あれ、言ってなかったっけな」
「え?」
「今日で此処を発つぞ」
「え、そうなんですか?」


しれっと言った船長さんの言葉に、思わず声が裏返ってしまった。

ここ、とは私達が今停泊中のバルバッド王国の事だ。
何でもこの船は元々私が拾われたアクティアとかいう国の港町から出発して、ここバルバッド王国で商いをして、更に南のシンドリアとかいう島国に行ってこちらでも売買をするらしい。

初めて耳にする航路にそうなんですかと相槌を打っていると、船員さん達から行き先も分からずによく乗船したなと呆れ笑われた。
でも仕方無いだろう。行き先なんてどうでも良かったのだ、あのときは。ただ、異質な服装の混乱した異邦人に暖かい手を差し伸べてくれた船長さんを見失わなければ。

既に懐かしいとさえ感じる二週間前の自分を浮かべる私の脳裏。次の瞬間にはそこに船長さんの素朴な疑問が響き渡った。

何で今日出港で焦るんだ?
不思議そうに投げ掛けられた問いは、私にとってみれば、そして多分誰にとっても愚問だった。何故って、そんなの決まってるでしょう。


「航海中の食料を、買い込んでないからです!」


高らかに、というより寧ろ慌ててそう口にしる。途端にヤベエ忘れてたとざわつく船内に、この人達は本当に海を渡るギルドなのかと無意識の内に溜め息が零れていた。


「取り敢えず買い出し行ってこなきゃ」
「すまんリンネ」
「何日分くらい必要ですか?」
「んー、まあ、二週間分あれば十分だろ」
「二週間!?」


予想外の長丁場に口をOの字に開けた私を見、船長さんは焦ったように水と米は十分ある、水と米は買ってこなくてもいいと繰り返す。二週分の野菜と冷凍肉と魚…いや魚は釣ってもらえばいいし、調味料の方が大切か。一人で出来るかなこの量。でも出港の準備大変なんだろうしな。ああ、仕方無い。

船とバザールを三往復くらいはする覚悟をして、何時の間にか船長が取り出していた食料費を「酒もよろしくな」という台詞とともに受け取る。忘れなければ、なんて返答をしながら絶対に忘れてやろうと心に決めて、苦笑いの船長さん達を残してデッキへの扉を開けた。

と、丁度そのときだった、と思う。
何だか聞き慣れない男性の声が私の鼓膜を叩いたのは。

誰だろうと周りをキョロキョロ見回すと、船の甲板の上で手を振る見知らぬ男性の姿があった。不審者かと思って一瞬再び中に入ろうかと考えたものの、男性が驚くくらい好意的な笑顔を寄せていた事、それに中から聞こえる笑い声とが相まって気付けば私は足早に甲板へと降りていた。


「あなた、誰ですか」


青みがかった黒髪で長髪、長身の爽やか系イケメン。ロン毛でここまで爽やかな印象を作れるのか。ちょっと感心する。ここに知り合いでも?と続けて問い掛けると、男性はより目尻のしわを深くして私に笑いかけてきた。


「やあ、オレはシン。商人だ」

ちょっと嘘臭い笑みな気がした。





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