王宮への帰路の途中には、たくさんのお店が立ち並んでいる。その一角、ちょうど服やら装飾品やらのお店が続いている辺りでふと、ヤムライハちゃんにお礼をしたいなあ、そう考えた。

足早に進むジャーファルさんの背中に付いて行きながらも、ちらちら左右に目を移して何がいいものかと思案する。と、そんな私の態度は前方を歩くジャーファルさんに不審な思いを抱かせてしまったらしく、右の服屋さんから左の靴屋さんに視線を移そうと一度前を向いた瞬間に、振り返りざまの政務官さまの怪訝な表情が目に飛び込んできた。この人は背中にも目が付いているんじゃないだろうか。不思議だ。


「先程から挙動が完全に不審ですが、どうしました?」
「挙動が不審…ですか」
「はい。…あ、もしかして貴方、やっぱり間者なのでは?」
「ち、違います。ジャーファルさん私の事信用して下さったんじゃなかったんですか!?」


ジャーファルさんの物言いが何だか本気混じりな気がして慌てて首を振ると、彼は面白そうに小さな笑い声を立てた。どうやら私の勘はハズレだったらしい。冗談だったようだ。

もう、と正直に零せば、ご丁寧にも後ろを向きながら人混みを縫うようにスイスイと歩いているジャーファルさんがもっと可笑しそうに眉尻を下げる。本当に器用な人である。というか、背中じゃなくて後頭部に目が付いているんじゃなかろうか。

彼なら有り得るよなあ、なんて声に出したら確実に苦い表情を頂くであろう事を結構真面目に考えつつ、少し歩調を早めてジャーファルさんの隣に並ばせてもらった。首を曲げたまま歩くのは、いくら目を四つ持っているからと言って辛いだろうから。いや、四つであるという確証なんてないけれども。

実は、まるで恋人か何かのように隣を歩幅を合わせて歩く事は嫌がられるのではと心配していたのだけれど、どうやらそんな心配は無用だったらしい。隣に並んだ私を見咎める事もせず、そればかりでなくそれとなく歩調を緩めてくれた。紳士だなあ。何故か感慨深かった。


「で、結局貴方は何をキョロキョロしていたのですか?」
「あ、ヤムライハちゃんに日頃のお礼でも、と思って」
「ああ、そう言えば貴方はヤムライハと懇意にしているんでしたね」
「はい。よくしてもらってます」
「ふふ、きっとヤムライハも同じ台詞を返すと思いますよ」


こうやって優しい表情を受け取る度に、最近の私はすこし可笑しくなる。びっくりする程胃が苦しくなって、それなのに心臓から喉にかけての範囲は暖かくて幸せになって、なんとも形容し難い感情に苛まれるのだ。

ただ、それは恋愛感情ではない、と思う。
これは恋なのだ、と片付けてしまう事は本当に簡単だけれど、でもそれでは何か足りない気がするのだ。ただ好きとか格好いいとかじゃない。だから余計混乱してしまう訳で。

思わず溜め息を零してしまいそうになるのを無理矢理抑えて、ヤムライハちゃんは何を貰ったら喜びますかね、そう言って自分自身を誤魔化してみる。うまい具合に気管に滑り込んだ溜め息は、ジャーファルさんが私の質問に首を捻って考えてくれている間にゆっくりと体内を一周し始めたようだった。


「ヤムライハの喜ぶ物、ですか…」
「やっぱり装飾品ですかね。ヤムライハちゃん化粧品っ気もないし…」
「貴方が欲しい物にしたらどうです?」
「え?」
「同じ女性なんですし、リンネが欲しいものを贈ればいいじゃないですか」


ね?と可愛らしい疑問符を付けて顔を覗き込まれると、流石に目を逸らしたくなる。でも、ここで思い切り顔を背けたりしたらそれこそ失礼だし、私が妙に意識してる事もバレかねない。
短い思考の末保身に走った私は、わざとらしい微笑みでジャーファルさんのダークグレイを直視し続ける事にした。気を抜いたらきっと即座に目を背けてしまいそうだ。気をつけねば。ぐ、と拳を握り締めて、頬の口角のことだけを考えた。


「リンネだったら何が欲しいですか?」
「そ、そうですね…。これと言って無いんですけど、強いて言うなら髪留めが欲しい、です」


意図は分からないけれどジャーファルさんが物凄い眼力で見詰めてくる所為で、返答に少々時間が掛かってしまった。私は何か悪いことでもしてしまったのだろうか。何故そんなに真剣な目で、見るのだろう。

その問いを素直に口に出せる筈もなく、ただ小さく小首を傾げて彼を見やる。果てしなく青い空の下、いつの間にか歩幅は完全に私のものに変わっていた。

髪留めですか?とやはり真面目にオウム返しされたので、辿々しくと二度程頷き返す。そのあまりの真剣な顔つきに怯み、仕事の時は髪を纏めないといけないので、と尻すぼみに口にするとジャーファルさんは納得したように大きく相槌を打って、それから、「でも貴方、まだ仕事に復帰出来ていませんよね?」と私の頭に岩を落として下さった。優しいんだか嫌みなんだか、正直彼の真意はよく分からない。





今日は久し振りに外に出たなあ。
最近の出来事をしみじみと噛み締めつつ、ジャーファルさんとあれやこれや言いながらもヤムライハちゃんにと購入したバングルの入った袋を両手に持ったまま自室の扉を開けた。あれ、ランプが付いている。


「って、あれ、シンさん…?」
「…ああ、リンネ」
「どうしたんですか?こんなところ、で」


本来なら決している事などないであろうシンドバッド王が、何故私の部屋に。
心底疑問に思ったものの、それは三秒間の静寂の内に解決された。はたと、気付いてしまったのだ。シンさんが今、見ていたものに。


「リンネ、これは、なんだ…?」
「あ…」


そう言って眉根を寄せたシンさんは、今まで私を信じると断言してくれていた時と真逆の表情を浮かべていた。ああ、わたし、終わった、かも。
シンさんが今まで見ていた、机の上に出しっぱなしにされていた医学書と、日本語で雑に書き繕ってあるカルテの束が夕陽を反射して、わたしの網膜を焼き尽くそうとしていた。






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