「さあリンネ、どれが良いですか?」
「え、ええと、ですね…」
「短剣、鞭、仕込みナイフに軽い起爆剤、どれも携帯し易い物ばかりですよ。あ、この毒針などぴったりじゃないですか?」
「そう、ですかね…はは」


乾いた笑みは、石造りの堅牢な店内にこれ見よがしに浮かんだ。
意気揚々と店内を物色するジャーファルさんとは反対に、少し泣きそうにすらなっている私の目の前の棚には、ずらりと並んだ武器の数々。様々な刃渡りの長さの鋭利な刃物たちから、それこそマニアックな成人向け雑誌の表紙でしか見たことのないような黒々とした鞭まで。

ざっと十種類くらいはありそうな武器たちは、どれもこれもジャーファルさんが見繕い私の元へ持ってきた物で、彼曰く女性も持ちやすい簡単な護身用の武器らしい。毒針がお勧めと言うのだから、護身用というには笑えない気がしないでもないのだけれど。


そもそも何故こんな事になっているかと言うと、それは他でもないシンさんが私に「護身用として何か武器を常備しろ」とお金を渡してきたことが始まりだった。武器なんて何を買ったらいいのか分からない。それに申し訳ないけれど、まだ一人で街に出る勇気はない。そう言って渋ったものの、たまたまその場に居合わせたジャーファルさんがならば自分が付き添ってやろうと言い出したのだ。

元々シンさんの意見は聞くべきであるし、ジャーファルさんもどうやら私が武器を持つ事に積極的であるようなので、まあ護身の為にもいいか、なんて軽い気持ちで頷いた私を、シンさんは笑顔で送り出してくれた。それからは国一番の武器職人のお店を紹介してくれると言うジャーファルさんの背中を追って、街中を縫うように歩いていってしばらくしてお目当ての店に入って。

そして今に至る訳だ。こう、何て形容するべきか迷うけども、そう、ジャーファルさんが異常に生き生きとしているこの状況に。


「これ…、本当に私が持つべきですか?」


手元にあった短刀を手に取ってしげしげと眺めてみる。なるほどクリスタルのように綺麗な輝きを放つ薄い刃は確かに熟練された職人技と言うに値する。と、思う。恐らく。

それにこの短刀なら女性が持っていても可笑しくはないかもしれない。けれど、こんな下手したら一撃で人の命を奪ってしまえそうな刃物を身に付けるにはやはり抵抗がある。眉を寄せてうう、と唸ると、ジャーファルさんは怪訝な面持ちで何がいけないのかと口にした。


「私は護身用としてはピッタリだと思いますが」
「いや、そうではなくてまず、あの、医療に携わる私がこんな危険な武器を持っていてもいいのかなあ、と」
「そんな事言ったら医者は人の腹を裂くではないですか」
「裂く、とは少しニュアンスが違う気が…」


しかもその後縫ってるし、この世界でだって一応きちんと嗅がせるタイプの麻酔を使用してるし。そう脳内だけで強気に付け足してみるものの、それが言葉としてジャーファルさんに届くことなど到底なく、彼は裂いている事に変わりはないでしょうなんて大して気にとめていないように反論を投げてくる。
店内の空気は心なしかじっとりと重く、引き締まっているように感じられた。でも、あくまで感じられた、だけだ。


「それにその小刀などであれば緊急時の治療にも役立つのではないですか?」


そうやって重ねられた彼の言の葉に、不覚にもなるほどと相槌を打ってしまった。
確かにこれは護身用にもなれば非常時に使う道具にもなり得る。それを考えれば恐ろしい武器を持つという行為もある種必要なものなのかもしれない。ジャーファルさんお勧めの毒針や鞭なんかは論外だけれど、この小刀なら。

ふう、と一つだけ息を落として、透明な鋭い刃を静かに指先でなぞってみた。武器が好きな人間の気持ちなど分からないし分かりたくもないけれど、何となく、小さな責任みたいなものを感じる。人を傷付ける道具をもつ、責任。私はこの感覚を、ずっと覚えておかなくてはいけない。


「じゃあ…私、これにします」
「まあ、懸命な選択じゃないですか」
「ジャーファルさんが見繕ってくれなかったら、今頃帰っていました。ありがとうございました」
「…どういたしまして。でも、」
「え?」
「余所余所しい、ですね」
「は?」


まさかこの状況下でよそよそしいなどと言われるとは思いもしていなかった為、私の口からは素直な短音が漏れ出てしまっていた。
それに私の今の態度の、どの辺りが他人行儀であったのか。自分で意識していなかっただけに、それも気になる。ジャーファルさんに回答を催促するような視線を送れば、何故か彼は焦ったように視線を宙に泳がせて、それから今度は武器へと落とした。


「いえ、別に気にするような事じゃないのですが…最近はほら、シンにはもっとこう…感情を…露わに…」
「すみません…聞こえないんですけれど」
「…何でもありません!何でも!」


そう言って私の手から小刀を奪い取って店主の元へと踵を返した彼の耳は、どうした事かほんのりと赤く色付いていた。さては今の台詞の中で、余程恥ずかしい言葉でも口走ってしまったのだろうか。辛うじて「シン」「露わ」という単語が聞こえただけの私には推し量れやしない領域である。

私、よそよそしかったのか。
そう思ったら少し、悔しくなった。ただ自分でも驚いた事に、それは単に私自身が他人に余所余所しいと思わせる態度をとってしまったからとか、そういう訳じゃなくて。何故か、何故か私はとてもショックだったのだ。
ジャーファルというひとりの男性に、他人行儀だと思われた事が。






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