処女ではなかった事が、唯一の救いだったのかもしれない。

ジャーファルさんに抱きかかえられたまま王宮に入ると、その様子を二階のテラスから見ていたらしいシンさんとマスルール君が階段を駆け降りてきてくれた。その時の彼等の表情は正反対で、シンさんがとても心配そうな顔をしている一方で、マスルール君は形容する言葉が見付からないくらいに怒っていた。殆ど口は開かず、代わりに目を見開いてその奥に怒りをぐつぐつと煮立てていた彼に、私が少なからず恐怖を覚えた事は言わずもがなであろう。

ただ彼の怒りの矛先は自業自得な私ではなくどうやらあの五人であるようで、彼はジャーファルさんが当事者達は空き家に縛ったまま放置してきましたと報告すると鬼の様に眉間に深い深いシワを刻んだまま王宮を出て行こうとした。もちろんこれでは奴らを殺しかねないと判断したシンさんが止めに入って、どうにかこうにか落ち着けていたけれど。

その後シンさんに「すまなかった」と謝罪を受けた。私に辛い思いをさせた事、それに最初の自分の対応が悪かった事が、謝るに値するらしかった。そんな事する必要なんてないのに。今回全面的に悪いのは私であって、シンさんじゃない。
清潔な白い大布に包まれたままでその旨を伝えると、シンさんはいたく辛そうに顔を歪めながら私の頭を撫でた。


「汚いから、シンさんの手が汚れます」


そう言ったら、更に悲しそうな表情になって、なのにもっと強く大袈裟に撫でられた。所々に汚らしい精液が飛び散って固まっている頭なんて、王様が触って良いものではないのに。

心臓が痛くなって彼に手を伸ばそうとしたけれど、使えない私の体は少し時間が経過してからでさえも、思い通りに動いてはくれなかった。本当に私、ただの人間なんだなあ。霞む視界の中でジャーファルさんがあの五人を次々と縛り上げてゆくのを見たときと同じ事を、軋む身体で考えた。

行動で示せないなら、せめて言葉で。
と思っても私の貧相なボキャブラリーでこんな場面に適した気の利いた言葉なんて浮かんでは来ず、ただ「ごめんなさい」と「ありがとう」のシンプルな二つを横に並べた。そうしたら何故かジャーファルさんの、私を抱える腕の力が強くなったような気がした。



そして事件から二日が過ぎた今、私は自室のベッドの上に、丁寧に丁寧に寝かされている。
侍女さんが涙を流しながら洗ってくれた私の身体には至るところに包帯が巻かれ、部屋には薬草の匂いが立ち込めていた。どうやらシンさんが気を使ってくれているらしく、次女さんでさえ食事を運んできてくれる時以外は部屋に入ってこないので基本的に一人だった。もちろん、今はその方が有り難い。

一人で、何度もあの時のことを考えた。
処女じゃなかっただけ、マシだった。そう自分に言い聞かせた回数は、もう十本の指では数えられないほどになっていた。

処女じゃないだけ、良かった。確かにそうだ。世間では暴行され無理矢理に処女膜を破られてしまう事例だって沢山ある。それよりは幾分か、ほんの少しだけはマシである。でも。それでもやはり、レイプされたという痛みはとてつもなく重くのしかかってくる。

怖かった。自分とは体の構造が違う人間に囲まれて押し倒されて、怖かった。抵抗したら刺すと言われ、それでも挿入が嫌で身を捩って拒否したら本当に二の腕にナイフを突き立てられて、怖かった。痛かったし、怖かった。望まないセックスも初めてだった。好きな人とする時との余りの差に、息も出来なくなった。ううん、寧ろあの時自分で自分の首を絞めてしまえばよかったのだ。

とにかく怖かった。痛くて恐ろしくて、心配してくれるジャーファルさんやシンさん、マスルール君にすら恐怖心を抱いてしまう自分が嫌だった。彼等はあいつ等とはまるきり違うのに、違うと分かっているのに、こわくて何故か震えが止まらなかった。自分が、嫌いだ。でも、一番の痛みはそれではない。

本当に一番怖いのは、孕んでしまっていたら、という事なのだ。
幸い一番最近の生理から二十日程経っていた為、危険日ではなかった筈だけれど、それでも妊娠していないとは全く言い切れない。現代ならアフターピルという手段も使えるけれど、この国この世界にそんなご都合主義な代物なんてある筈もないだろう。

だから私は、恐ろしかった。
もし本当に妊娠してしまっていたら、どうしたらいいの。産んだって愛してあげられる自信はない。自分の子だといえ、レイプで孕まされた子供を愛するなんて、そんな事が出来るとは思えなかった。だからと言って、この国の医療進度で中絶というのにも無理がある。それに中絶なんて、いかなる理由があろうと小さな命を潰しているのと変わらない事なのだ。

なのに、なのに、やっぱり怖くて、やっぱり出来るなら中絶したいと考えてしまう。私は助産師なのに。出産の素晴らしさを人一倍知っている筈なのに、苦しくて辛くて堪らない。

どうかどうか、実を為す事がありませんように。
白い寝台の上で、そうやって一人何度も手を合わせる。この世界の神様なんて名前も知らないけれど、それでも何かに祈らなくては気が済まなかった。涙だけは流さずに、ボロボロの心臓で必死にお願いした。

それでももし、孕んでしまったとしたら。その時は、私ごと命を断ってしまおう、と。馬鹿だとは承知の上で、ふとそう考えた。他にどうしたら良いのか分からなかった。世界は怖いものに満ち満ちている。それと向き合う勇気なんて、弱い私にはないのだから。

その事実がどうにも辛くて、俯いて下唇を噛む。その瞬間、今までは開く気配すらなかった扉が勢い良く開いた。






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