私は今、いけない事をしようとしている。でもこれはきっと、医療に携わる人間としては正しい行動であるのだ。そう自分に言い聞かせるのも、ほんの少し飽きが来ていた。

「分かった。護衛の者を選んで連れて来るから、ここで待っていてくれ」
生死の縁をさ迷っていると聞く女性をどうしても助けに行きたいと懇願した私に、彼は確かにそう命令した。シンさんなりの、善処だったのだと思う。けれど私はそれを待てなかった。もしかしたら彼が護衛を連れてくるのなんて十分も掛からなかったかもしれないけれど、それでも。仕方無いだろう、気付いた時には既に私の体は医務室を出ていたのだから。

そういう訳で私は今、用意した荷物を紐で括って抱えて、門の直ぐ近くまで来てしまっていた。シンさんは怒るだろうか。でも、でも焦らないなんて無理な話だ。一刻も早く患者さんのところへ行って、その大事な大事な命の光が消えてしまう確率を、百分の一、いや千分の一でもいいから小さくしたいのだ。それがきっと、医師や看護師という生き物なのだろう。

誰にも拾われないように小さく息を吐いて、あと約三メートルに迫った大きな門を見据えた。そう言えばこの門、初めてこの王宮に来たときもシンさんやジャーファルさんに付いてくぐったなあ。あの時はその大きさに僅かに辟易したんだよな、なんて過去を振り返っている間にも、門は着実に大きく高くなってゆく。

もしかしたら誰かに、出てゆく所を見られてしまうかもしれない。シンさんでなくても、止められてしまうかも。はたとそう気付き、それは困るからという理由で歩幅を倍くらいの大きさにした。すると加速度的に門への距離も縮まってゆき、あっという間に内側にいる門兵さんに挨拶をするところまで来ている自分がいた。

門というのは面白いもので、外からくぐろうとすると王様なんかでもない限り一度は確実に門番に止められるものだけれど、逆はそんな事は全くないものである。それを証拠付けるように、彼等は私を見、几帳面な顔とぶっきらぼうな声音という何とも曖昧な体でいってらっしゃいませをくれた。先程の騒動があったからなのか、何時もは開け放してある筈の門は堅く口を閉ざしていた。が、その口も二人の門番さんが無条件で開けてくれるようだった。そして男性二人の力によって、ゆったりと重苦しく、門は鳴く。外側の門兵さんにも会釈をして、私は久し振りに王宮の外に出た。


さて、あの男性はどこにいるのだろう。
門の外で待っていて下さいと指示した筈だけれど、右を見ても左を見ても、兵士たちに揉まれながらも力一杯の声を上げていた男性の姿は見当たらない。おかしい。その違和感が、男性が私が声を掛けた時のあの妙な笑顔とリンクして得も言われぬ悪寒を私の背中に走らせる。私だって、全く怪しいと思っていない訳ではないのだ。でも、それでも彼の言葉がもし本当だったらと考えてしまうだけであって。

仕方無いのでバザールに続く道をいくことにした。するとどうやら私の勘は当たったらしい、丁度門が見えなくなる横道に、彼はいた。私を認識した瞬間、彼はまた同じような角度に口角を吊り上げた、がそれは矢張りみて見ぬ振りをする事にした。


「アンタ!本当に来てくれたのか」
「はい。奥様の場所まで案内して頂けますか?」
「本当に、馬鹿だな」
「え?」


言葉の意図が掴めないのと、彼の顔一杯に広がる俗物的な笑みがとても不快だったのと。そのどちらもが私の脳に警鐘を鳴らしている。この人はやばい。逃げろ、と。

でも何故か、足が竦んでその場を動くことが出来なかった。肝心な時に使えない私の体は、きっと出来が悪いのだと思う。遠目で見るよりも幾分か若々しく見える男性を目を見開いて見詰める事しか出来ずにいる土壇場に弱い私を、シンさんが見たら一体どんな風に嘆くのだろうか。


「死にそうな奴なんていねえよ、この裏切り者」


裏切り者?一体私は何を裏切ったと言うのだろうか。全く身に覚えのない衣を着せられて小さく肩を引いた私の首の裏に、いつかと同じように鈍い衝撃が伝わる。船長さんの時と同じだと、そう考えた時にはもう既に私の視界は黒く染め上げられつつあった。

なんだもう、シンさんの言う事聞いておけば良かった。私はなんて馬鹿なんだろう、そう思う傍ら、命の灯火を消えさせなくて良かったと朧気な意識の中でも存在しない奥さんの生に安堵してしまうのは、きっと私が私である証拠なのだ。





「おや、どうしましたマスルール」
「あ、ジャーファルさん」
「貴方がこの辺りの廊下にいるなんて珍しい」
「いや、リンネさん知んないすか」
「リンネ?いえ、知りませんけど」
「王様にリンネさんの護衛頼まれたんすけど…」
「いないのですか?」
「ハァ、まあ」
「…しかし流石に王宮外ではないでしょうし、もう少し探してみては?」
「…そっすね」



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次話には流血表現や少し生々しい描写が含まれます。苦手な方はご注意ください






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