久し振りだなリンネ!
意気揚々と口にしたシンさんが医務室でカルテの整理をしている私へと近付いてきた。その隣には例に漏れず苦々しい表情を隠しもしないジャーファルさんもいる。

久し振りと言っても一週間程会っていなかっただけなのに、この王さまはあたかも成人式で中学以来の再開をするような口振りと目の輝かせ方である。私は彼に無意識に媚びたりしていたのだろうか。妙に気に入られている気がして少し今までの自分を省みる間に、シンさんとジャーファルさんは順調に側まで寄ってきていたらしく、気付けば手を伸ばせば届くくらいの距離になっていた。


「お帰りなさい、お二人とも」
「ああ」
「有意義な訪問になりましたか?」


この国の情勢や周りの国々との軋轢の具合など分かりはしなかったけれど、何も話題がないのもどうかと思い適当に言葉を繕った。すると意外な事に先に口を開いたのはシンさんではなく隣のジャーファルさんで、ええとても、と薄い笑みを白い肌に広げた。その笑顔が何だか意味ありげなものに思えて小さく眉根を寄せれば、全てを理解しているような顔をしたシンさんがわざとらしく両手を広げる。


「実は、今回訪問したのはアルテミュラという連合国の一つだったんだ」
「それは聞いてます」
「そうか。で、その国なんだが、実はとても医療が発達していてね。リンネの役に立てばと思って、色々と話を聞いてきたんだ」


ああ、なるほど。帰国したての王様と政務官様がわざわざ私の元を訪れた事、そして二人して何だか得意気な笑みを漏らした事の理由が漸く判明した。きっと私に教えるのを、何て言えばいいのやら、まあ楽しみにしていてくれたのだろう。現に目の前の主さまは今すぐ話を聞きたいだろうと言わんばかりの顔をしている。更にあのジャーファルさんでさえ。

表面では笑ってしまいそうになるのを堪え、内心では案外二人とも可愛らしい所があるんだなあと感動を覚えた。それと同時に、二人の気持ちを無碍には出来ないという意識が働いた為、それは是非聞かせてくださいと私も精一杯の笑顔を見せる。特に右の方は私を疑っている筈なのに、私を更に調子付かせようとしているのだから愛らしいったらない。年上の人達に対して不適切かもしれないけれど、そんな事大したことないと思える位にただ擽ったかった。


「…その顔、私達を馬鹿にしてません?」
「い、いえいえ!そんな事は全く」
「はは、言動が怪しいな」
「そんな事ありませんから、」


早く教えて下さいよ。
恐らく私の気持ちなど完全に読み切っているに違いない二人だったけれど、今回はどうやら大人しく引き下がってくれる様だった。促されるままに、アルテミュラ国のきちんと整備された医療制度とシンドリアよりも少し進んだ技術とを話し始めてくれる。

主にシンさんが、時たまジャーファルさんがそれに説明を足すといった図式で行われた医療口伝は、私に得も言われぬ感情たちを呼び起こさせた。無論それらはプラスイメージのもの達ばかりだったけれど、その中に浮き立つように、一欠片の寂寥感が混ざっていた。何故だろう。よく分からないけれど、耳と脳で彼らから得る情報を理解し整理する傍らで、こころの右側の隅の方で小さな寂しさと戦う。

私はいつかこの人達と、お別れするのだ。

本当に理由は不明だけれど、強く確信した。したと同時に、今まで片鱗しか覗かせていなかった寂寥感という奴が何倍にも肥大してゆく。この暖かい環境から抜けるのは嫌だなあ、なんて思うあたり、私は自分で考える以上にこの世界を好いているらしい。


「…リンネ?」
「……」
「リンネ?」
「は、い?」
「どうしたんだボーっとして。話聞いてたか?」


どうやら漠然とした寂しさを深追いし過ぎた所為で、いつの間にか自分の世界に入り込んでしまってみたい、だ。急ぎすみませんと謝罪を入れると、私の顔を覗き込む為に腰を折るシンさんは気にしないと言って笑ってくれた。が、シンさんのように簡単にいかないのが右隣のジャーファルさんである。ちらりと彼を伺いみれば、案の定と言うべきか、今までの柔らかいお顔はどこか遠くへ投げて何だかもう怪訝としか言いようのない表情に変わっていた。どうしよう確実に疑われてる。

それでも無理に慌てて繕う事は何となくしたくなくて、結果私は敢えて何も答えないという道を選ぶ事にした。と言うよりは、無言でただ可笑しな寂しさと小さな罪悪感を噛み締める事しか、今の私には出来なかったのだ。

すこしだけ俯くとシンさんの腕を飾り立てる美しい金属製の腕輪が目に入る。それは私には眩し過ぎて目を逸らしたくなったけれど、シンさんやジャーファルさんの瞳に宿した光の強さよりは幾分かマシだろうと思い我慢した。ジャーファルさんが何か言おうと大きく息を吸った音、それを制したらしいシンさんの服の衣擦れの音が、やけに大きな振動となって私の耳に侵入してくる。


「リンネ、顔を上げていいんだよ」


たっぷりの余韻を味方にそう言ったシンさんが、私の肩に柔らかい動作で手を置いた。

ずっと無言で斜め下と睨めっこをする怪しい私が身構えていたのよりずっと優しい口調と手の感触に、思わず凄い勢いで頭を上げてしまう。若くして国を築き上げた偉大な王さまは、私を見て微笑んでいた。本当に、魅力的な人。この人だからジャーファルさんもマスルール君も付いていくのだろうな、と眩しすぎる黄金色の双眸を盗み見て考える。かく言う私もその魅力とやらにまんまと嵌ってしまった一人なのだと、本当は気付いていたけれど気付かないフリをした。


「シンさん、ジャーファルさん」
「ん?」
「私、出来る限り役立てるように頑張るので、だから、私がこの世界から消えてしまう日まで、どうかよろしくお願いします」


消えてしまう日、が必ずいつか来るだろう。けれどその時に笑顔で消えることが出来るように、私は私の仕事を死ぬつもりで挑めたらいいと思う。二人が私の「消える」をどのように解釈したのかは謎だ。けれど恐らくは、「死ぬ」と解釈したのだろう。今まで少しばかり引きつっていたシンさんの眉尻が、ゆったりと弧を描くのを確かに目にした、ような気がした。

期待しているよ、と笑顔で口にするシンさんの隣で、私は何時でも疑って差し上げておりますよとジャーファルさんは微笑む。いつか、いつかは戻るのだ。残りたくても消えてしまう日がくるのだ。
その日がずっと先であればいいと、そう願えば願う程逆効果な気がして、私は無意識の内に手のひらに爪を立てていた。






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