「ゔお゙ぉいユア!」
「っ、はい」
「どこ見てやがんだぁ!」
「ひっ、」


余所見してっとかっ捌くぞぉ、と縁起でもない台詞を叫びながら剣を振るうスクアーロの全身には大量の真っ赤な飛沫。


今私とスクアーロはまさに任務の最中だ。

最近私は殺しの感覚を取り戻す事を目的として、スクアーロとの暗殺の任務を数多くこなすようになった。
他人曰わく、私の体は暗殺という非人道的な所業を覚えているらしいけれど、それは本当かと疑いたくなる。

だって何度やったって、私はスクアーロの期待以上の働きが出来ないんだから。

血を見る事や人を撃つ事は辛うじて慣れてきたけれど、暗殺者、しかもスクアーロのような幹部クラスの動きは想像する事すら難しい。私は元来ボスと同じ銃使だって言われるけど、銃の使い方を覚えるのだって丸三日かかった程だ。

そんな私が、最強の暗殺部隊の幹部だったんだから全く可笑しな話だと思う。


これから使いこなせるのかな、なんていう事をぼやぼやと考えながら覚え立ての装填を慎重にしていたら再びスクアーロにどやされた。

「多分後ろからくんぞ、フォローはしないぜぇ」だって。
女の子が命の危機なのに助けてくれないなんて、男風上にも置けない。

心の中だけの呟きは自然と私の胸の中に溶けていき、私はその間にもまだ慣れきっていない動作で銃口を自分の後ろに向けた。
幸い視力は自分でも驚くくらいに良い私には、暗がりであれ私へと突進してくる敵の姿がはっきりと認識できる。


私みたいな奴が、ごめんなさい。
小さく吐息を零してから冷たい引き金を引く。

乾いた銃声と一緒に、私は他人の命を摘み取る事に慣れていった。






*


「スクアーロ、」
「ああ゙?」
「…あなたは人を殺す事をなんとも思わないんですか?」


一呼吸おいてから。
その何とも不思議な間を噛み締めてから 、スクアーロは特に罪悪感は感じないと言った。お前はまだ殺すのが嫌かぁ、とも言った。

それはそれは苦々しい表情で言うものだから、彼は私に人殺しが嫌だと口にして欲しいのかと思ってしまう。変なの。スクアーロは人を殺すのに躊躇なんてしない筈なのに。

確かに、殺しは嫌に決まっている。
はっきりと言いながら、任務終の為返り血でいっぱいの自分の制服を見下ろしたら改めてそう感じた。



「そおかぁ、嫌なのか」
「はい。私みたいな人間が人の命を奪っていい訳ないですし」
「例えそれが悪人でもか?」
「そうなりますね」



スクアーロの度重なる質問は少し意外だったけれど正直に返答した。
最初は私が彼に質問したのに、こんな風に逆に問い返されるなんて初めてだ。

スクアーロはこんな質問「ああ、そうだなぁ」ぐらいで打ち切ってしまって、後はいつも通り重い足を引きずってヴァリアー邸まで帰るんだろうと思っていたのに。人間て生き物は先が読めない。


「…お前らしいなぁ、」


なんで。
何でそんな風に微笑むの。

見方によっては泣きそうだともとれるような表情のスクアーロは、何だか触れたら次の日には居なくなってしまいそうに儚げで。

何故か分からないけれど、心の奥の方のどこかで彼のその笑顔を拒絶している自分と、そのもっと奥、最奥に近いところで泣きそうになっている自分がいた。私が一番私という存在を分かっていないんだから仕方無い。



「…おい、ユア?」
「……勿忘草、」
「あ?」
「勿忘草ですよ、スクアーロ」
「それがなんだぁ」
「花言葉は、"私を忘れないで"」


スクアーロは何を隠しているの?

押し黙るように小さく俯いたスクアーロに、畳み掛けるように口にした。


勿忘草の花言葉とその由来は、あの初めての会議の直後にルッス姐さんに書庫の場所を聞いて自分で調べた。

響きからして予想はしていたけれど、勿忘草は悲しい花だった。
そのページを何十回も読み返す位に悲しくて淡くて静かな意味が、薄いブルーやピンクの多年草には籠もっていたんだ。

私にはどうしても、スクアーロは私と勿忘草を重ねているように見えて仕方無い。

彼は私を哀れんでいるのだろうか。
ならいっそ私をこの暗殺者という仄暗い檻から出してくれたらいいのに。そう思った程。

だから再度質問を繰り返した。
あなたは何を隠しているのかと。



「別に隠してなんざいねぇ」
「でも何か私の大切な事を知ってるでしょう?」
「お前は他人だ。知ってる訳ねーだろぉ」
「じゃあ何で、なんで?」
「……あ?」
「他人なのに、何で私を介して昔の私を見ようとするんですか?」


ただの同僚だと、赤の他人だと言うのなら、お願いだから過去の私なんて切り捨てて今の私をちゃんと見据えてくださいよ。

情けないけれど、私は泣きそうだった。

でも涙を流すのより情けないと思うのは、私が過去の私を僻んでいる事。
おなじユアという人間には変わりないのに、私は昔と同じユアにはなれない。周りの皆が本当に会いたい彼女には適わない。

どうして私の記憶は無くなったの。
どうしたら思い出せるの。

誰に聞いても答えられなそうな疑問ばかりが、私の脳裏を矢継ぎ早に過ぎっていく。苦しい。今のままヴァリアーにいるのは苦しい。

帰り道のど真ん中で立ち止まって星空を見詰める私を、今スクアーロはどんな風に眺めているんだろうか。
その答えは、すぐに分かった。


「お前を介して過去のユアを見てる訳じゃねぇぞぉ。俺としちゃどっちのお前でも変わりはしねぇよ」


苦々しい。ただそれだけ。
彼の顔からはそれ以外の何の感情も読み取れず、ただ私が虚しさを奥歯でギリギリと噛み締め、その虚無を増大させてゆく。
なぜ私だけが、こんなに空白だらけなの、って。



「じゃあ私をヴァリアーから追放して下さい」
「なんでそうなるんだぁ」
「私はここに居たくないです」
「辛いからかぁ?」
「辛くて苦しいから、です」
「ヴァリアーは抜けらんねーぜぇ」
「なんで、」
「ヴァリアーを抜ける、それは即ち死だぁ」



暗殺者が楽に足を洗える訳がないだろうと、何故だかスクアーロは優しさを込めた声音で教え諭すように私へと言葉をぶつけてきた。


じゃあ死んだほうがマシなのかな。
一瞬だけそんな消極的極まりない気持ちが内蔵の底の方で蠢く。

でもこのまま死ぬということは、結局自分の事を何も分からないままで生涯を終えるという事だ。

私は自分の知らない自分を探し当てもしないで、ただ比べられるのが嫌という稚拙な動機だけで逃げるのか。いや、逃げても自分を許せるのだろうか。

…無理だ。無理に決まってる。

私は私が何なのかが知りたい。
私がなぜ心の隅でスクアーロを拒絶するのか、そして彼の瞳の奥底に映る本当の私はどういうものなのかを知りたい。

そう思えば死なんていう言葉は一気に無縁なモノになっていった。

スクアーロの瞳を掬うように見詰めれば、根底から湧き上がる嫌悪感。そして先程感じた気持ちと同じように、なんだか泣きたくなった。



「なに変な顔してやがんだぁ」
「変な顔とか言わないで下さい」
「…それでもまだ、抜けたいのか」
「いいえ。やっぱり私、見つける事にしたので」


何を見付けるのか意味不明という感情を克明に露わにしたスクアーロの眉間のシワ辺りを目指して、小さく声を飛ばす。

「私自身の諸々を」
その声はきちんと彼に届いたかどうかは分からないけれど、きっと伝わったんだと思う。
だってスクアーロは刹那的に、とても悲しそうに瞳を陰らせたから。
まるで私が記憶を取り戻さなければいいとでも言うような表情に、心が僅かに傾いた。


それでも私達は気を取り直すように、星が数える程しか浮かんでいない寂しい夜空をなぞるように、帰路に就くのだった。




「スクアーロさん、」
「なんだぁ?」
「私はユアです」
「意味分かんねーぞぉ」
「いえ、過去の私はもう帰ってこないのに、ヴァリアーに還ってもいいんですか?」
「あいつ等はンな事きにはしねぇ」
「そうですか?」
「がさつな連中だからな」

「じゃあ敬語取ってもいいですか?」
「待て。なんでそうなるんだぁ」
「面倒だからです」
「面倒ってお前は本当に、」
「昔と変わらない、ですか?」
「…いや、前と違ってだらしねぇ」
「はは、嘘ばっかり」




05.疑念と作法を思案中


(20120106)


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