初めから思っていた事だけど、この屋敷には扉が無駄に多いし、造りも無駄に複雑だ。その事をベルの後ろについて歩きながら実感していた。

…これは私、確実に迷うな。
自分の部屋の方向すら朧気になるくらい入り組んだ廊下を少しの迷いもなく進んでいくベル。

彼についていくのが精一杯な私に道を覚えている余裕なんて到底なくて、ベルが「帰りは一人で帰れるよな?」と言葉を投げてきた時なんて、その質問は虐めかと勢い良く頭を振ったほどだ。
一人で自室まで帰るなんて、進んで迷子になるようなものだと思う。

行動するときは、誰かと一緒にいよう…なんて考えていると、前を行くすらりとした背中が突然動きを止めた。


その背中に危うくぶつかりそうになった間抜けな私。体勢を立て直してから、今いる場所が廊下の最奥であることを理解する。

ずっとヘラヘラとした態度で歩いていたベルの背筋が自然と伸びた事からして、どうやらこの部屋はとても重要な場所、そして限られた人しか入れない場所らしい。

確かに目の前にある扉は今まで見たどの扉より立派だし重厚そうで、なんだか張り詰めた空気が中から廊下にまで漏れている様だった。



「ここ、は?」
「んー、会議室っつーの?」

「なんか緊張する…」
「ししっ、ユアビビりすぎ」



人の顔を見て見下したように笑うベルに、一瞬殺意を抱いたことは否定出来ない。人は緊張する生き物だろうが。

彼はその緻密な木彫りの細工が施してある大きな扉を二回ノックした後、伸びた背筋とは裏腹に間延びした声で私を連れてきた旨を中に伝える。

すると大した間も開けずに中から短い返答が返ってきた。
思わず足が竦みそうなるくらい低くて鋭い声が。無論私の足も竦んだ。

いやだ、絶対中の人怖い。
子供だったら絶対泣く。

ベルにそう訴えようかとも考えたけど、そんなわがままが通らないのは分かりきっている事だし、何よりその声が中にいる方々に聞こえたらそれこそ大惨事に決まっている。

そう思っておとなしくベルの後ろで縮こまっている私を見て、当のベルは面白そうに顔を歪めてから何の余韻もなく扉を開けた。
ちょっ…、そんなに勢い良く開けなくてもいいじゃないか。

でももう開いてしまったものを悔いても仕方無い。
内心の怯えを隠しつつ薄暗い部屋の中へと足を踏み出した。


中に入った瞬間に感じるのは、尋常じゃないくらいの威圧感。

それが一番の上座にどっしりと座っている人から発せられているものだと気付くのには、そう時間はかからなかった。
眼光鋭い彼は、察するに先程ベルが言っていた「ボス」なのだろう。



「ゔお゙ぉいベル、遅ぇぞぉ」
「スクアーロうっせ」
「んだとぉ!」



ボスらしき人の手前に座るスクアーロが開口一番ベルへの不満をぶつけた所為で、場の空気が一気に不穏なものとなる。スクアーロは空気を読むのが殺人級に下手らしい。

彼と言い合いをするベルの脇で呆けて立っている私は、他人目にはまるで置物のように見えたのだろう。

長テーブルの中腹に座っている何やら派手な成りをした人が私を見てクスりと笑みを漏らした。
薄暗い部屋でも分かるくらいの髪色をしたその人を見て、あんな髪で暗殺が成り立つのかと疑問に思ってしまうのは当たり前だと思う。


未だに言い合いを続けるスクアーロとベルを一喝したのは、やはり上座に構える黒髪で顔に傷を持った「ボス」だった。

彼は今さっき私の足を竦ませたよく響く低音で一言「うるせぇ」と言葉を発してから、手に持った透明なグラスをあろうことかスクアーロの頭に投げつけた。

息を呑む暇さえなく、パリン…といういかにもガラスが割れる音がして、グラスの中に入っていたのであろう赤っぽい液体が無情にもスクアーロの白銀の髪にかかる。

赤い液体ということは、投げつけられたのは恐らく赤ワインの入ったワイングラス。…中身が血でなければ、の話だけれど。



「なあ゙っ、何しやがんだXANXUS!」
「黙れドカス」
「ぐっ…」



頭にグラスをぶつけられ更には赤ワインをぶちまけられたという、普通ならば裁判ものの仕打ち。

けれど流石は暗殺部隊と言ったところか、主従関係がかなりはっきりしているらしく、スクアーロはどもったまま唇を閉じてしまった。

私は瞬時に頭の片隅で考える。
この人には何があっても逆らってはいけないなと。

彼はどこか毒々しさまでも感じられる赤い瞳を私へと向け、その余りの眼力の威圧感に気圧され肩を揺らした私へと顎をしゃくってひとつの空席を示した。

逆らう事なんて出来る筈もなければその考えすら浮かばない私の単純な頭から送られる脳信号に従って、大人しく一番端の空席に落ち着く。

一瞬にしてその場が静まり返る。視線が私に集まる。ただ単純に落ち着かないなあと思った。


先程笑みを零していた派手な髪の人が、過不足なく埋まった椅子を満足気に眺めて微笑んでいた。
それが凄く優しそうな表情で、一瞬この場所が暗殺部隊の会議室だという事実を忘れてしまう自分がいる。


「嬉しいわぁ!皆揃うの久し振りじゃない?」


その人は上擦ったような声の出し方でそう言って、まるで女子中学生のようにキャッキャッと分かり易く喜んだ。

彼女は所謂女性幹部というやつなのだろうか。すこし男声に聞こえなくはないものの、まさかねと思い直して改めて姿勢を正し目線をずらす。

するとそれがあたかも自然の摂理であるかのように、私の視線がスクアーロのそれとばちんと衝突した。


どくん。
音を立てて私の中で、何かが噎せそうなくらいに激しく脈を打つ。

まるで私の身体の中に何か別の生き物がいるみたいだった。まあ私の中には確かに、「記憶」っていう別の生き物が住んでいるのだけど。


スクアーロが私をみて何か意味あり気に眉根を寄せるのとほぼ同時に、上手側の「ボス」が唸るように私に言葉を投げてきた。

「お前はどこまで覚えてやがる」と、さながらライオンが威嚇するように口にする赤い瞳の彼。無論論私の肩がびくりと揺れたのは言うまでもないだろう。…ただそれをタイミング良く目撃したベルの含み笑いには苛ついた。



「…、何も覚えて、いません」
「……」
「ただスクアーロ、さんに…ある程度自分の事は聞きました」



建て前上、年上のスクアーロにさんを付けて返事をすると、XANXUSさんからは心のこもった舌打ちが返ってきた。

それはスクアーロに敬称を付けたがらという訳ではなく、きっと私が何も覚えていないと言ったからだと思う。
覚えてないものは覚えていないんだからしょうがないだろうとも思う。



「暫くはカスザメに付いてやがれ」
「、はい」

「それと、1か月だ」
「…と、言いますと…」



1か月で全部思い出しやがれ。
彼は非情にも私にそう言い放つと、その対象物を凍らせる様な鋭い光を私に向けた。

これは理不尽だ、理不尽に決まっている。
心中ではそう憤懣しているものの、彼に向かって首を横に振るなんて全裸で敵に向かっていく兵士と同じだという事くらいは分かるので、取り敢えず小さく頷いて是の意を示す。

その他のテーブルを囲む幹部らしき人達から、ボスの無茶ぶりに精々頑張って対処しろよ、的な意味合いを含んでいるのであろう視線を投げつけられているのは嫌でも感じられた。
ただ今の私はそんな視線に対しても、曖昧な笑みで濁すことしか出来ない。


緊張感を持っていながらも何処か所在無い脳みそで、グラスを片手に色気たっぷりな雰囲気で脚を組む彼を、その切れ長の瞳を額の傷を、ただぼうっと見詰めた。


果たして私は彼の事をなんと呼ぶべきなんだろう。

無意識の内にそんな事を考える私は、確かにだらしない人間らしい。




03.会議室にて

(20111202)




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