スクアーロに記憶がない状態の私を発見されて、この暗殺部隊の城に連れてこられてまだ何時間も経っていない。それは私の部屋にある黒い掛け時計が証明していた。

…でも、困った。


「あー、やることないなぁ」


スクアーロから私についての大まかな説明を受けて、この屋敷のメイドさんに自室に案内してもらったのはいいものの、何もやることがなく退屈だ。それこそまだ自分が森の中でうずくまっていた時よりはマシだと思うけど、でもそれでも、退屈なものは退屈なんだからどうしようもない。

さっきこの部屋の中にあるものをざっと調べてみたものの、退屈しのぎになりそうな本も雑誌もなく、テレビはあったけどリモコンが見つからない。

おまけに私が使っていた物っていうのは見事に白、黒、淡いピンクのどれかの色で、早くも飽きつつあるのが現状。私、もしかしたらすごい飾り気のない女の子だったのかな…。

それとも暗殺者の縛り?
なんて考えながらモノクロのベッドの上でごろごろしていると、頭の中にふとした疑問が浮かんできた。


そういえば何で私は記憶を失ってしまったんだろう、と。

もっと早くこの事を気にかけるのが普通な気がするけど、今思ったんでも遅くない気がする。


それと、勿忘草の花言葉。

本もネット回線もなくて今調べるのは無理だ。でも、この事は何を置いても知らなくちゃいけない。
そう直感が言っているんだから、たぶんこの答えはとても重要なものなんだろう。


早く知りたい。
スクアーロの言わんとしている意図を掴みたい。


そう考えていたはず私はいつの間にか眠気に襲われ、それに逆らいもせずにしっかりと瞼を閉じていた。







ドンドンと強く扉を叩く音に、休まっていた体がビクンと跳ねる。
何事かと思って、咄嗟にベッドから飛び起き布団をはねのけるのとほぼ同時に、ドアが勢いよく開いた。

乱雑な開け方からして、どうやらドアを叩いていた人は私から返答がない事に痺れを切らしたらしい。短気な人だ。

もしかしてスクアーロが言っていた迎えの幹部の誰かだろうか。


そんなのんきな事を思いつつ、眠い目をこすっていると、不意に鋭く風を裂くような音がして銀色の何かが私の頬を掠めた。



「…は?」
「ししっ、ユアオハヨー」



独特の笑い声を響かせながら私の視界へと入ってきたのは金髪の青年。彼の手には刃がキラキラと光る銀色のナイフ。
…という事は今ほっぺを掠めたのってもしかして、



「…な、ナイフ?」
「そっ、これ王子の相棒」



前髪で見えないけれどたぶん目を細めて、歯を出してナイフを手にニンマリと笑う彼。もちろん私は彼とは対照的に口をぽかんと開けて間抜け顔を披露しているところだ。

暗殺者の住処だとしても、いきなりナイフを投げつけるなんてアリ?

…ああそうか、この人絶対短気なんだ。


瞬時にその事を理解した私は、とりあえずナイフが飛んでこないように笑顔を取り繕ってから急いでベッドから飛び降りた。



「えっと、寝ちゃっててすみません」

「別にいーけど、今度から王子がノックしたら一回で出ろよ?」



とりあえずこの人の笑顔が怖いので、若干引きつり気味の笑顔ではいと返事をする。
彼はそれで満足だったようで、また笑みを漏らして私のベッドに勢い良く寝転んだ。

女の子のベッドに飛び込むってどんだけ非常識、というかデリカシーないんだろうと思いはしたけど、もちろん心の中だけでの話だ。




「なーユア、」
「はい」
「ホントに記憶ないワケ?」
「はい」
「しししっ、おもしれーじゃん」



おもむろに質問をぶつけてきた彼は、私の返答を聞いて心底楽しそうに笑う。

私としては何が面白いのかさっぱりだけど、一応ナイフが飛んくる恐怖は和らいだから良かった。



「じゃー王子のコトも忘れてんの?」
「何も覚えてません」
「ちぇ、それはそれでムカつく」
「…すみません」



ムカつかれても困るけど、と思って黙る私の目の前で、金髪の自称王子は大袈裟に溜め息をついた。



「王子はベルフェゴールっての。つかベルな」
「…!」



先程スクアーロから聞いた単語に、ぴくりと耳が反応する。

それを暗殺者である彼が見落とすはずもなく、思い出したのか、と嬉々として私に問いかけてきた。



「思い出したというか、さっきスクアーロが言っていたなと思って、」
「スクアーロが?」
「はい。同僚だって言われました」



そう、スクアーロは確かに彼を私の同僚と言っていた。

私はスクアーロの話によるとこの暗殺部隊の幹部だったらしいし、スクアーロは幹部の誰かが私を迎えに来るとも言っていから、一応きちんと辻褄が合う。



「まー確かに同僚だけど。てかユア、スクアーロと感動の再開どーだった?」

「…感動?」



言っている意味が分からず聞き返すと、彼は少しバツが悪そうに顔をしかめて口を開いた。



「ししっ、意味分かんねーならいいや」
「はあ…、」
「気になる?」



もちろん気にはなるので素直に頷くと、彼からは満面の笑みが返ってくる。
すこしわくわくしながら答えを待っている所為か、彼が息をつうっと吸う音までがはっきり聞こえた。




「教えてやんねーし。しししっ」
「な…ひどっ、」



期待を裏切る返答に思わず声を上げてしまった。
この人何秒溜めたと思ってるんだろう。十秒だよ、十秒!

それでも当の金髪短気男は気にする風も見せず、優越感に浸りながらしししっと笑い声を立てている。

暗殺者っておかしい。
彼を見ていると、語尾を変に伸ばすスクアーロが全然まともに見える気がした。



「教えてくれないんですか?」
「ししっ、モチロン。それより敬語いらねーし、ユアは特別に好きなように呼んでいいし」

「じゃあお言葉に甘えて、ベル」
「ん。ユアは王子に一々つっかかってくんのはウザかったけど、それ除いたら王子のお気に入りだったしな」
「ふぅん…」



なんとかだった、なんちゃらだった。
ベルが過去形を使う度に、私の胃が少しずつ縮んでいくような気がした。

そういえばスクアーロの時もそうだった。
彼が過去の私と私を比べる度に、やっぱり私の胃が少し痛んだ。私のメンタルは、自分で思うより遥かに脆いものなのかもしれない。自分の知らない自分に、悩まされるなんてね。


ベルはそんな私の気持ちには全く気付いていない様子で、まあいいかなんて言いながら、片時も手から放さないナイフをくるくると弄んでいる。

その凶器が私の方に飛んできませんように、と胸中で祈りながらベルに何の用で来たのか聞くと、ベルは思い出したかのように「げ」と声を上げた。



「どうしたの?」
「ヤベッ、そーいや無駄話しないですぐに連れて来いって言われてんだった」
「誰に?」
「ボス。死にたくねーし早く行かなきゃじゃね?」



ベルが私の手をガシッと掴んで、無理矢理部屋の外に引きずって行こうとするものだから、私は自分の持てる力の全てを彼を制止する事に使わなくちゃいけなかった。

だってだって、私今ルームウェアのままなんだから!

ベルは私が大人しく連行されないのが気に食わないらしく、思いっきり顔をしかめて声を荒げる。




「早く行くっつってんじゃん」
「ちょっ、駄目!私部屋着だもん!!」
「はあ!?んなの誰も気にしねーし、ユアなんてほとんど一日中部屋着着てたじゃん」

「私そんなだらしない奴だったの!?」



半ば呆れつつそう言ったら、あまりにもベルが当たり前だという風に頷くので、もう刃向かう気もゼロになってしまった。


私ってすごいだらけてたんだ…。
そう考えると何だか虚しくなって、相も変わらず私をずるずる引っ張っていこうとするベルに体を預ける。

いきなり抵抗がなくなった所為でベルはすごい拍子抜けな顔を見せたけれど、彼特有の乾いた笑い声を短く立てただけで何も言わずにそのまま私を部屋の外に出した。




「別に王子の監視付きなら着替えても良かったのに」
「それは絶対やだ」

「うししっ、ユアの裸なんて見慣れてるのに?」
「は!?」



わ、私の裸を見慣れてる!?
ベルが!?

爆弾発言に思わずベルの腕を振り解いて大声を出してしまう。
でもしょうがないよね。ベルみたいな奴と私がそんな関係とか…笑えるというより、記憶のあった頃の自分を疑うもん。

でもベルはまたもや私の期待を裏切るかのように、ニンマリ笑ってからマジマジ、と言葉を返してきた。私の気が一瞬遠くなった事は言うまでもない。



「なんたって真っ裸のユアだし?」
「なっ、なにその通り名みたいなの!!」
「みたいじゃなくて、ユアの通称だし」
「嘘っ、」

「しししっ、王子はウソつかねーもん」



言いながら前をスタスタ歩いていくベルに付いて行く私の心境は一言で言うと、終わった、完全に。

まさか私、飾り気がなくてだらしなくて、挙げ句の果てにろ…露出狂だなんて。


どうやったら過去を清算できるだろうなんて必死に考えていた私は、今ベルが私をどこへ連れて行こうとしているかなんて考えもしなかった。





02.自称王子の金髪幹部




(20111119)


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