分からない。スクアーロの気持ちも、自分の選択も、どこでどう見誤ったのか。全く分からなかった。

ただ、スクアーロの背中までもをなすすべもなく見送った後も私の足は憎らしい程に正常に動いて、気付けば既に自室の鍵を開け中へと入っていた。慣れというやつは恐ろしい。自分を一段と分からなくさせる無意識というやつは、もっと恐ろしい。

小さく鬱な吐息を零して、おもむろに任務道具である銃に手を伸ばす。私はやはり、今日も沢山の人を殺さなくてはならないのだろうか。

銃捌きには大分慣れてきた。他人曰わくまだまだ本来の私には及ばないらしいけれど、それでも人の命を一撃で奪う術を、確実に着実に、私は自分のものにしていっている。それは私の義務であり枷でもあった。

たとえ欲と暴力にまみれた人間を殺すのだとしても、本音を言えば殺人は好きではない。当たり前だ。でも、人を殺めるこの仕事から逃げ出せば、今度は私が殺される。それはヴァリアー邸に連れて行かれたその日に、スクアーロに宣告された事実だ。

調べてみたところ、実際に暗殺が苦になってヴァリアーを抜けようとした青年はボスさんの手によって始末されてしまったという事例もあった。だから本来なら、私はもう人を殺す、という行為に対して疑問符を浮かべてはいけないのだろう。

けれど、だ。
果たしてそれでいいものか。このまま飼い殺されて、いいのだろうか。何か大切なものを見落としていたと気付いた所為か、そんな根本的な疑心が脳内を練り歩く。


しかし、やはりその間にも私の手は、これから出向くマフィアの首領を殺す為の銃の準備を着々と進めていた。全く、我ながら呆れるものだ。心とは違って、体がこんなにも殺人に慣れきってしまっているだなんて。溜め息をなんとか噛み殺してから、サイレンサーの調子を確かめようと銃をひっくり返す。

その時ふと、ベッドの下にある「何か」に気がついた。

薄い、本のように見えるもの。
一瞬にして、こんな状況で、と自分でも思う程に低俗な好奇心が働いた。銃をそのまま床に置き、そろりそろりとベッドの下に腕を入れる。


「え、アルバム…?」


ベッドの下で眠っていたアルバムらしき「なにか」はぶ厚い埃を被って、大層気怠げな様子で佇んでいるように思えた。その埃を静かに払って、薄いピンク色の表紙を見詰める。

タイトルは書いていなかった。けれど、何故か緊張する。胸が高鳴る。ここに写っているのは自分自身であるだろうに、動悸は煩いくらいに速まり私の心臓を蝕むばかりだった。ああ、私は本当に弱い。表紙に手を掛けたまま震えて思うように動いてくれない指先に、言い表せやしないもどかしさを覚えた。

捲らなきゃ、確かめなきゃ、私が私自身で、私の事を見詰めなきゃ。

意を決して、古びたそれを開いた。
埃の匂いと一緒に現れた写真が、目に飛び込んでくる。あ、と図らずも声が漏れた。

一枚目は楽しそうに瞳を歪める自分と、隣のスクアーロ。今と違って前髪が短い。下には、幹部昇進の文字が控えめに踊っている。
二枚目はヴァリアー幹部のみんなと。けれどフラン君はいなかった。写真の皆は今よりも随分若いから、まだフラン君はいなかった時かもしれない。


夢中になってページを捲ってゆく。
どのページにも三枚ずつ写真が貼ってあって、そのどれもがヴァリアーの皆を写したものだった。下に書いてある説明文や背景の季節からして、ページを捲れば捲るほど時も進んでいるようだ。まあ、当たり前と言えば当たり前か。

銃の用意もこの後の任務も忘れて、半ば日記のようになってきた説明文をどんどん読み進める。みんなの照れた表情、驚いた顔、喧嘩している様子。彼女、いや、正確に言うと他人としての私は、恐ろしいくらいに肩の力の抜けたヴァリアーの姿を収めていた。

羨ましい、と、ただ単純に考える。
以前の私はこんなにも無防備な皆の姿を捉える事が出来たのだ。仲間として確かな絆を持っていたのだ。もとを辿れば自分自身であるというのに、羨みの気持ちは決して治まってはくれなかった。こんな自分が嫌いだ。

自己嫌悪と共にまたページを捲る。どんどん埃の奥へと進む。
その度に、写真の中の皆はどんどん年を取ってゆく。なのに、私の知らない顔ばかりがこちらを向いている。

…もう、嫌だ。
そう思ったのと同時に捲ったページには、規則的に続いていた筈の三枚の写真はなかった。写真の代わりに、ページには白い紙が貼ってあった。その事に何故か酷く安心してしまう自分がいて、救いようのない浅はかさに溜め息が出る。

でも、それも束の間、その紙に書いてある文字を、日付を目にするまでのことだった。


「え、うそ…わた、し」


白い紙の上で踊る、自分の筆跡。
見慣れたそれで綴られている言葉を、そしてその日付を、私は信じる事が出来なかった。否、信じたくなかった。

アルバムを開ける時よりも激しい鼓動の動きに、全身が痺れたように動かなくなる。いつかフラン君に言われた言葉が私の脳内を駆け巡る。

アンタのこと、先輩と思ってないんで。
そうか、それはそういう意味だったのか。だからアルバムには一枚も、フラン君の姿がなかったのか。過去、私がこの美しい後輩に何をしてきたのか、なんて考える必要は全く無かったのだ。無意味だったのだ、全てが。



今更だけれど、私は自分の事を知らなすぎた。記憶が無くなる前の自分に限らず、記憶が無くなってからの自分についても、知らなすぎたのだ。

頭に岩を落とされたような感覚に貫かれたまま、転がっていた銃を手に取った。黒々とした光沢を出す、人の命を奪う為の相棒を視線の先に掲げてみる。

知ろう、自分のことを。知らなくちゃいけない。
強くそう思った。それと同時に、暫く任務を休ませてもらう事に決めた。

私は自分自身を知らなくてはいけないし、知りたいと思う。たとえそれが私を後悔の海へ突き落とすものだとしても、私は知りたい。何も分からないまま、何かを落としたまま生きるのはもう嫌だ。

だから私は、一度ヴァリアー邸から出る。そして、私が拾われた場所で、いや、イタリア中の至る所で、なくした自分を探したい。過去の私を、少しでも埋めたい。

肩で大きく息を吸う。吐く。
やる事が決まれば、もう何の羨みも残ってはいなかった。意味もなく息を潜めてアルバムを閉じ、それからラックの上段の端っこに立て掛ける。待っててね、私。私はあなたの事を探しにいくから。もう、他人の知識に頼らないから。

ソファの上に投げられていたコートを着込んで銃を装着する。今日の任務が終わったら、ボスのところに行ってみよう。
そう胸に決めて、私に背を向けたスクアーロの銀髪に似たドアノブに手をかけた。アルバムの中のスクアーロの笑顔と、彼に寄り添う自分の姿が脳裏にこびり付いて離れてくれない。

ねえ、スクアーロ。
あなたは私が自分で落とし物を拾ってきたら、もう一度笑ってくれるのでしょうか。



『みんな、ごめんなさい。私はヴァリアーを出て行きます。皆をを愛せなくなったのです。探してもいいけれど、もし見付たらその時は必ず私を殺してね。』


白に浮かんだ、小さな文字。そしてその後に書かれていたのは自分の署名と、今から六年も前の日付だった。



14:鼓動ひとつでさようなら


(20130209)


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