「しし、んなの恋に決まってんじゃん」


とある昼下がり、寝起きのベルにスクアーロに対する言い表し難い感情を訴えたら、そんな酔狂な答えが返ってきた。お前お子ちゃまだな、みたいな笑みを伴ってというところがまた癪に触る。

けれど子供扱いに反発するよりもまず何より、彼の妙に確信めいた言葉を訂正するのが最優先な事柄なのは目に見えているので、手の代わりに声を上げた。



「それは無い、無い無い無い」
「ハア?無いワケ無いっつの」
「無い無い無いうるさい」
「ユアのが無い無いウルセーし」



二人の台詞に浮かぶ「無い」の数が私の脳内を軽いパニック状態に突き落としていくようで、思わず頭をブンブンと振った。

だめ、流されてはいけない。ベルは口達者なんだから、ふわふわ流されてしまったらそれこそ一気に手込めにされてしまう。
そう強く自分に言い聞かせてから小さく深呼吸をする。落ち着きたいが為に一度スープを口に運ぶも、効果は全くと言っていい程見えない。

でも兎に角、私がスクアーロに恋をしているなんて、そんなの何だか気に食わないというか、腑に落ちなかった。



「お前大切なモン見落としすぎ」
「そんな事ない」
「あるっつの、それは何時もだけど」
「…とにかく多分すきではないよ」
「どーして言い切れんだよ」
「だって、私がスクアーロだし」
「成るようになったって感じじゃね?」


しししっ、と通常通りの人を見下したような笑い声を携えて私を見るベルの瞳が少しだけ細められた、ような気がした。実際は金糸の壁に阻まれて真偽の程は断定出来はしないのだけれど。

そしてその些細と言われるかもしれない言動に、私の心臓は妙に引っ掛かってしまった。あくまで気がしただけなのに、何でだろう。こんなにもザワザワと私の体内で何かが落ち着かずに蠢いているのは。



「なるようになったって、どういう意味?」
「そのまんまだし」
「そうじゃなくて、ベルも何か知ってるの?」


昔の私とスクアーロは一体どんな関係だったのかを。

付け足してもベルの飄々とした態度は変わらなかった。ただ変わった事と言えば、今まで背もたれに完全に預けていた重心を自力で支えるようになった事くらいだろうか。それでもその仕草だけでも、何となく彼の言わんとしていることを察してしまう自分がいた。



「知らないは無しだから」
「…じゃ、教えてやんねー」
「それずるい」
「知っても得になんねーよ、しし」
「そんなの自分で決めるもの」
「ユアのクセにナマイキ」



ベルの顔を見つめてもあまり大したことは推し量れなかった。でも諦められない。

私は過去スクアーロに対して一体どんな過ちを犯していたのか、それが分かればなんとなく、今の私を初めて見た時のスクアーロの瞳の意味を解明出来る気がした。だから例えどんな答えが私に降りかかるのだとしても、それを求めてしまうのだ。



「どうしても知りたい」
「うしし、口止めされてるしムリ」
「スクアーロに?」
「まーな」
「でも知りたいの、ベル」


思わず身を乗り出して、相手の見えざる瞳を真正面に見据えて。

私、後悔しない自信あるから。
そうはっきりと口に出せば、ベルはこの頑固女とか何とか隠しもせずに悪態を吐いてきたけれど、それでも臆したら負けだって分かっていた所為か腰が引けたりはしなかった。

きっと心のどこかで、もしかしたら昔の私が根付いているどこかで確信していたのかもしれない。ベルは私が本気であるなら、余程でない限りそれを裏切るような事はしないということに。もしそうなら私は策士だ、狡い人間だ。

そして「狡い私」を裏付けるように、ベルが大きく一度、その金髪一本一本の毛先から滲み出たような溜め息を零してそれからこめかみを押さえる。



「…夫婦だったんじゃね?」
「は?何が?」
「ユアとスクアーロに決まってんじゃん」
「は?」


夫婦、夫婦…ふうふ?
頭の中でその単語が嫌になるくらいのリズムで反響する。私とスクアーロが夫婦、そんな考えもしなかったベルの証言を私が消化しきれるのかと聞かれたらそれは言うまでもない事で、ちぐはぐに回転し始めた思考回路が痛かった。

救いを求めるようにベルを仰ぎ見るも、懇願した自分の責任だろうとでも言うような嘲笑を送られるだけ。ああ、でもそんなの嘘だ、嘘に決まってる。



「でも正式には夫婦じゃないっぽかったぜ」
「へ」
「婚約はしてたケド」
「…こんやく」
「ま、恋人以上夫婦未満ってとこだろ。オマエ等うぜーくらい隙なかったし」


自称王子で我が儘な切り裂き魔の一言一言が骨身に染みてゆくのが分かる。

私とスクアーロは夫婦という仲とまではいっていなかったらしい。その事実にほっと胸を撫で下ろすものの、私と彼が恋人関係にあったというのは最早変えようのない過去らしい。全く笑えない話だ。


スクアーロと私が、恋人。

思わずぽつりと浮かべてしまった台詞に小さく息を飲むしかない私の向かい側で、渋った末にリークしてくれた張本人も後でスクアーロにどやされると小さく不満を漏らしていた。






私はスクアーロが好きなのだろうか。

悶々とそんなことを考えつつ、その自問自答に素早く答えを出すことが出来ない時点でもう惚れていることになってしまうのかと、そんな風にも考える。
勿論その間も私の足は規則的に交互に動いていて、任務に出る為の準備をすべくどんどん自室へと近付いていた。


あの後ベルは、いつもなら半分以上残す筈のパスタを珍しく完食してから席を立った。「しし、まあ頑張ればいんじゃね?」去り際にそんな台詞を残して、まだ食べ終わっていない私を振り返りもせずに食堂を出て行くベルの真っ黒い背中はまだ記憶に新しい。


ハア、一つだけ溜め息を零すと自分の中から同時に色々なものが抜けていくのを何となく感じた。
今頃ベルは、スクアーロに私に話した事を報告でもしているのだろうか。どやされるとか言ってたし、ベルらしくないけれど隠す気はないみたいだったし。

小さく痛み出す心臓を押さえて、やっぱり今日のベルはどこか可笑しかったと再認識する。きっとそれも私の所為だ。周りに迷惑を掛けてばかりでイライラした。


「あ、」


突然そんな声が私目掛けて飛んできた。
ふと顔を上げると前から緑色をした後輩が顔に似合わず偉そうな足取りでこちらに向かってきている。どうやら昨夜からの任務の帰りらしい、少しだけやつれている気がした。



「あ、フラン君」
「腑抜け先輩オハヨーございますー」
「おはよう」
「今日もブッサイクですねー」


何だか真面目に返答する気も失せて、そうかなと適当に曖昧な笑みを浮かべて去なしてみる。
すると彼はそれが気に入らなかったらしい。何時にも増して詰まらないなー、と唇を尖らせじろりと射抜くような目つきで睨まれた。

艶やかに赤く色付いた唇はグロスを塗っている訳でもないだろうに、一応女の私より美しく思える。なんて、今考える事ではないけれど。



「ごめんね今日はなんか調子悪くて」
「風邪ですかー?」
「いや、風邪ではないけど」
「あ、馬鹿は風邪ひきませんもんねー」
「ちょ、さすがにそこまで言」
「あ、作戦隊長だー」


どくん、と心臓が波打つ。

オハヨウゴザイマスー、どこまでいっても他人行儀なフランの声がどこか背景のうようになって私の脳裏を駆け抜けていった。

どんな、顔をして、目を合わせれば。私自身の記憶の事なんて一切省みずに、ただそんな下世話な感情だけを持て余しながら後輩の視線の先へと振り返った。だけど、だから。



「フラン、今帰りかぁ?」
「はいー、で、ユア先輩とバッタリ」
「こんにちは、スクアーロ」
「…フラン、じゃあ早く寝てこいよぉ」
「え?あの、」
「俺も早くザンザスのとこ行かねーと」


どうやら私はベルの言うとおり、何時も大切なものを見落としてしまうのだと思う。どこで忘れてきたのか、何が原因なのか、それすら分からないのだからきっと私はただひたすらに馬鹿なのだ。


「スク、アーロ…?」


私が何かを見逃した代償なのか、スクアーロは私と目を合わせようとしなかった。そればかりか、挨拶すらなく背中を向けられてしまう。

どうしたの、なんて問い掛ける暇も勇気もなく、心臓がズキンズキンと痛み出す。先程まで感じていたどこかこそばゆいものとは違う、もっと深く根強い痛み。まるで昔の私がそうさせているみたいな、苦しい苦しい痛みだった。

こんなはずじゃなかったのに、昨日までのスクアーロは一体どこにいったのだろう。

ほら私は、大切なものを見落とした。




13:落とし物



(20120824)


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