私は思う。記憶というものはとても繊細で壊れやすいものだと。そしてその反面、都合の良いように加筆修正出来るとても曖昧なものだと。

だから、そんな簡単に失ってしまった記憶が取り戻せる筈がない。

特にこんなやり方では。



「あ!おいユア目ぇ瞑ってろって」
「ベル…絶対意味ないよこれ、」
「ンまあユアちゃん!そんな事ないわよっ」
「ルッス姐さん…でも、」
「つべこべ言わずに目を閉じろぉ」



スクアーロの若干苛立ったような声が降ってきて、私は気乗りしないまま瞼を下ろした。

私は今、談話室のソファの上に寝かされている。そんな私の周りを取り囲むはスクアーロとベル、そしてルッス姐さん。

そして私の頭の上には、被さるような形で設置してある銀色の無駄に大きな機械があった。
何でもボンゴレ専属の技術者が開発した『記憶感化マシーン』なるものらしい。不運にも、私は今からこれにかけられるのだ。


何故そんな事になってしまったかというと、事はほんの数十分前、私が談話室で記憶喪失に対する民間療法の本を読んでいたところから始まった。





「あら?ユアちゃんどうしたの?」


そう言いながら何時ものように腰をくねらせながら近付いてきたルッス姐さんに、私はあと一週間で記憶を取り戻さなくてはいけない旨を伝えた。

ルッス姐さんなら何かいい方法を知ってるかもしれない。そう考えた私はその時だけは、きっと期待に満ち溢れた目をしていたに違いない。



「何かありませんか?」
「んー、あ!アレがいいかもね」
「…あれ?」
「そ。催眠術よん」


きゅるん、という何ともファンシーな効果音付きで人差し指をピンと立てたルッス姐さん。
催眠術は今詠んでいた本にもでかでかと載っていた為、私はそれはお願いしたいと素直に口にした。

待っていましたとばかりに腕捲りをしたルッス姐さんに、自分が催眠術を試したいだけかという疑念を抱いた事は秘密にしておこう。
ご機嫌に私の座っていたリクライニングチェアの前に屈み込む彼女を見て、切実にそう思った。


ルッス姐さんは何やら制服のポケットをごそごそと漁り、時々渋い顔をしては手を休めている。
と思った直後に、ぱあっと一気に笑顔を広げて、私にはさながらブラックボックスのように見えるポケットの中から何かを取り出した。

何だろう、これ。
どこかの国の硬貨だろうか、真ん中に五と刻印された黄土色の、真ん中に穴が開いている軽そうなコイン。その穴の部分に紐が括り付けてあった。

…あやしい。明らかに怪しい。
ルッス姐さんに相談した事を半ば後悔するものの、やる気満々のルッス姐さんを今更断る事など出来るはずもなく。

私は彼女にされるがままに椅子に座り直した。何でこんなに怖いんだろう。



「いい?ユアちゃん、」
「はい」
「この穴の開いたコインをずーっと見ててね」
「ずっと、ですか?」
「ええ。絶対目を逸らしちゃダメ」



約束して、と迫るようなルッス姐さんに気圧されて小刻みに頷くと、彼女も満足そうに頷き返す。なんだか先生みたい。

そんな下らない事を考えながらふと視線を足元へと落とすと、私より踵の高い女性らしさ全開の編み上げブーツが目に飛び込んできて、下を向いた事を後悔した。無論それは顔にも口にも出さなかったけれど。



「じゃあ、いくわよ」
「…はい」


神妙な面持ちで言うルッス姐さんに合わせて神妙に口にすると、彼女はコインを一度指差してからそれを小さく横に揺らし始めた。
コインから目を離すなと言われていた私は、大人しく眼球だけでその小さな黄土色を追っていく。

これで本当に催眠にかかるのだろうか。
不安になった私にさらに追い討ちをかけるかの如く室内に木霊したのは、ルッス姐さんの通常よりトーンを落とした声音。



「あなたはだんだん眠くなるわ」
「あなたは記憶を取り戻すわー」
「あなたはすべて思い出すのよー」


一瞬吹き出しそうになったけれど気力を振り絞って堪えた。
未だにだんだん眠くなる、と真剣そのものの表情のルッス姐さんを傷付けまいと必死に左右に大きく振れるコインを追いかける。


お願いだから眠くなれ私。
寝た方が身のためだから、だから早く眠気に襲われて下さい。

なんとも可笑しな祈りがどこに通じたかはてんで分からないけれど、私は奇跡的に眠くなったらしい。ゆっくりと瞼が下がっていくのが無意識の中で意識できた。
勿論私は、喜んで意識を手放した。





「……んう、…私…、」


何やら頭上が騒がしい気がして目が覚めた。

そう言えば催眠術を掛けてもらったんだと気持ちが先行して、ぼやけた思考で記憶を辿ってみる。けれど何回頭の中をなぞっても、スクアーロに拾われところ辺りで真っ白になってしまった。

…やっぱり駄目に決まってるか。
そんなに期待はしてなかったとはいえ矢張り残念に変わりなかった。



「あらユアちゃん起きたのね!?」
「ししっ、記憶戻ったんかよ」
「…え、ベル?」



記憶に気を取られていて、ベルが来ていた事に気付けなかったみたいだ。道理で騒がしかった訳だ。

一度ふうと息を吐いてから、思い出したのかと言って好奇心で顔を歪める二人に向かって小さく首を振った。


「ちぇー、つまんね」
「何でかしらねぇん?」
「オカマがやっからじゃね?」
「んまっ!失礼ね!!」

「ゔお゙ぉい、お前ら何してやがんだぁ?」
「あ、スクアーロじゃん」



まだ若干眠気が残る重たい頭と格闘しつつ二人のやりとりを聞いていた私に、一段と頭の重みが増しそうな重低音が響いた。

また騒がしくなりそうなのが来た。
私としてはもう大人しく文献探ってたいのに。

正直そんな気持ちだったのだけれど、そんな私なんてつゆ知らずと言った風に三人は何故か記憶を取り戻す方法を楽しそうに論議し始める。
何だか収集がつかなそうで恐ろしくなるのは私だけだろうか。



「記憶っつったら電撃じゃね?」
「電気ショックか、一理あるなぁ」
「試してみる価値はありそうよね」



…でんきショック?
鼓膜が音声を捉えた瞬間に私の背中に小さな電流が流れた気がした。いや笑えないけれど。

ムリムリと体を起こしながら首を振るも、電撃療法に気乗りしたらしい三人の暗殺者には届かずただ空中を掻いただけで終わってしまった。

待て待てちょっと落ち着け。
声に出そうとするも寝起き特有の喉の渇きの所為で上手く発生できない。人間の体って何でこんなに不便なんだろう。



「しかも電撃ならお手軽じゃん?」
「あら、ベルちゃんて放電出来るんだっけ?」
「ちげーよ、レヴィがいんじゃん。しししっ」
「レヴィの雷エイかぁ、」
「ま!それは良いアイデ」
「絶対嫌だ」



失礼を承知でルッス姐さんの言葉に被せたのは心からの言葉。
嫌だという念が籠もりすぎていたのか、幸い声は掠れずに出てくれた。

だって仕方無いでしょう。
あのレヴィ・ア・タンの雷エイで記憶を取り戻すだなんて笑えもしないし、第一取り戻せる訳がない。

千切れんばかりに首を振って拒否すると、三人からは詰まらなそうな視線を浴びせられた。完璧に楽しんでるようでかなり頭にくる。

自分の身になれと叫びたい。
というか多分三対一じゃなかったら叫んでいたと思う。多勢に無勢って正にこの事だ。



「レヴィさんの雷エイだけは嫌」
「せっかくの電流要因たぜぇ?」
「電流要因て何。無理です無理です」
「ンだよユア、ノリ悪くね?」
「考えてみて、私焦げるから」



焦げて記憶が戻ることも無きにしもあらずだろーがぁ、なんて完璧に意味不明な反論をかましてくるスクアーロは無視をしてルッス姐さんに向き直った。

ここはルッス姐さんを説得すれば何とかなる、と希望を持とうと思う。



「ルッス姐さん、電撃は嫌です」
「んー、痛そうだし嫌よねぇ」
「私焦げちゃいます」
「ユアちゃんの折角綺麗なお肌が焦げるのも勿体無いし…、やめましょ」


やった、勝った。
心の中だけで盛大にガッツポーズを決めて一人歓喜に湧く。


そんな私を再び恐怖が襲ったのはその五分後、興醒めのように散っていった筈の三人が、恐ろしい笑顔で部屋に戻ってきた時だった…そう、あのマシーンを抱えて。

驚いて声も出ない私を半ば無理矢理ソファへと寝かせた彼らは、聞きたくもないマシーンの説明をべらべらと喋ってからそれを私の頭に装着させてきた。
一歩間違ったら犯罪だ。

その時の私はどんなに顔が引きつっていた事だろう。想像したくもない。


そして冒頭に至る訳だ。

もう抵抗しても無駄なのは分かりきっている為、何かを言うことは諦めた。代わりに他人であれこれと遊ぶ約三名を、変な光沢を放つ機械越しに睨み付けてやる。

勿論そんな私の行動は見えない彼等は、私が大人しくなったからかご機嫌な様子で「じゃあやるかぁ」等とほざいていた。


これでまた記憶を無くしたら絶対に訴えてやろう。
記憶を無くしたら訴えようと思った事すら忘れるという基本的な事をすっ飛ばした私は、目を瞑ってその機械の起動へ構えたのだった。



「じゃあ行くわよーん!」
「待て、スイッチは俺が押すぜぇ」
「何言ってんだよ王子が押すに決まってんじゃん」
「いやあん、私の特権よ」
「あっ、ルッス押しやがったなぁ!」
「しししっ、まじ殺す」




08:どうにでもなれ


あれシリアスどこいった?
(20120115)


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