「後藤さーん、暑くてもう仕事が出来ません」

耳に障る蝉の鳴き声を背景に、無駄に暑いETUの事務室の堅い椅子に雪崩込む形で茹だる。

貧乏クラブだという事に併せて、今年は節電節電と世間が騒がしいからか空調さえも満足に行っていないというこの拷問の如き空間。まあこのクソ暑い中太陽と喧嘩するように外を駆け回る選手達よりはマシかもしれないけれど。けれど大学生バイターにこの室温はキツい。

ぐああ、と大して意味もない呻きを上げると、このチームのGMである後藤さんは私を見て小さく溜め息を吐きながらやっぱり小さな笑みを漏らした。ああ格好いい。

私は後藤さんが好きだ。すきすき、めっちゃくちゃ好き。だって後藤さん優しくて格好良くて優しいんだもん。

そんな具合で後藤さんの溜め息まで息を呑んで見守る私は、少し変態がかっているのかもしれない。うん、否定は出来ない。


「出来ないって言われてもなぁ」
「死ぬ程度に暑いんですもん」
「勘弁してよ、ウチ今節電対策中なんだし」
「分かってますよう」


唇を尖らせてそう言って、後藤さんが少し困ったような表情をするのを観察する。それが私の唯一の楽しみだった。

後藤さんは真夏でもきちんとシャツを着てる。たまんない。ネクタイをシュルッてやって欲しい。

そんな危うい私の正面で、後藤さんは参ったなあと頭を掻きながらくるりと背を向けて奥へと姿を消してしまった。

あーあ、なんて思っていたのも束の間、五分も経たずに帰ってきた彼の両手にはお客さん用の爽やかに青味がかったグラス。中には並々とお茶らしき液体が注がれていた。
気遣い出来る大人とか、もっと好きになっちゃうから止めてほしい。


「麦茶だけどいい?」
「全然、なんかすいません」
「いや、暑い思いさせちゃってるのも、無理言って雑用のバイト入ってもらってるのもこっちだしね」


優しい笑顔と言葉に、これは来客用の本来はフロントのスタッフが使っていい物じゃないんですよという柔らかい戒めはズブズブと心臓の奥底に沈んでいく。

後藤さんは素敵な人間だ。完璧な人。
有り難く受け取って口に運んだ麦茶は、何だか格別な味がする気がした。はあ、と思わず息を吐く。


「ごめん温かったかな?」
「あ、いえそんなんじゃないです」
「そうか、それにしても今年の夏は暑いからなあ」
「ですねえ」
「街を歩けば皆露出が酷いし」
「ふ、何ですかそのオヤジ思考」


流石は三九歳独自ですね。
からかうように笑えば後藤さんは焦ったように「断じてそういう意味合いではない」と私の言葉を否定した。その仕草さえも可愛くて素敵でどうしようもない。というか私の彼への想いがもうどうしようもない、なんて。


「あーあ、後藤さん格好いいのになあ」
「それは俺の婚期への溜め息かな」
「当たり前です、まあきっと今年中には無くなりますけど?」
「は?」


意味が分からないと小首を傾げる後藤さんを一別してから、手の中のグラスへと目を向ける。今年の夏は残暑も酷いらしい。これからもっともっと暑くなっていくんだろう。

考えただけで嫌になる。嫌になる、けど。


「私が年内には後藤さんと結婚してあげるんで心配無用ですよ」


汗を流しながら、蝉の声を聞きながら、後藤さんが私の告白を咀嚼する様を見るのはとても幸せだ。




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