私は我愛羅の為なら死ねると思うのです。何の迷いも未練もなく、ひと思いに自身の生に手を振れると思うのです。

そんな人間は嫌いですかと、一歩間違えば自己陶酔の域に入りそうな台詞を彼女は静かに吐いて捨てた。俺はそれを無言で拾って、ただこの未熟な掌の中に閉じ込める。

嬉しくない、訳ではない。彼女に想われる事も、その感情を隠し立てせずぶつけられる事も苦ではない。けれどそれを諸手を上げて迎え入れるのは何かが違った。ほんの少し、数にすればコンマの後にゼロが何個も何個も付くくらいに少し。けれど確実に。
彼女は彼女でないのだと、意味の分からない事を丁度額の左上の愛の奥あたりで考える。

私はきっと我愛羅の為に生まれたのです、我愛羅の為に呼吸の仕方を覚えたのです。だから私は今きっと、空っぽなのです。

今日は何か嫌な事があったのかと、眉根を寄せて問えば間髪入れずにそう返ってきた。今日の彼女は得体が知れない。何故だ。
気味悪ささえ感じ始めたらしい俺の体は、知らず知らずの内に彼女から一歩、二歩と遠ざかっていた。途端に彼女の表情がくしゃりと歪む。

ああ、まずい。
そう思った時にはもう、彼女の目には涙の膜がでしゃばるように張っていた。瞬間背筋がつうと寒くなるのは、多分彼女を泣かせないようにとしてきたこの数年間の俺の努力が水泡に帰したという事なんだろう。

謝ろう。こういう時の彼女は厄介だ。所構わず大声で泣き散らす。早めに手を握って謝ってしまおう。
だが、何故か体が動かない。彼女の方へ伸ばそうとした右腕がギリギリと縛り付けられるように痛い。その所為で手を握る事はおろか、謝罪の言葉すら出て来なかった。

どういう事だ。おかしい、と彼女を見やれば今にも泣き出しそうな彼女が、そのくせ涙を見せる気配は一向に見せずに俺と視線を交えた。言い方に矛盾があるだろうか。でも生憎俺はそれ以外なんと表現して良いか分からなかった。

違和感と得体の知れない何かが確固たるものへと変わってゆく、鈍い音が鼓膜の奥底で響く。どうしたのかと、再度問わずにはいられなかった。

すると彼女は一瞬だけ悲しそうに目を伏せて、そのまま水の膜が張られた瞳に俺の馬鹿でかい「愛」を映し出した。ぞくりと、先程とは毛色の違った悪寒が背中を縦に走るのが情けない。

私は我愛羅の為に死ねるなら本望なのです。だからどうか泣かないで。私は幸せなのです、こんな機会を貰えて。

目の前から聞こえてくる筈なのに、その声はどこか無機質だった。泣かないで、とは。こんな機会、とは何だ。分からない事だらけで正直もうこれが夢ならば良いのに等と本気で考えた。

考える間にぼうっと彼女の水鏡に映る自分の「愛」を見詰めた。ぼやけているのは、何故か。無論それも理解出来ない位置にあったが、本当に何故か見詰めれば見詰めるほど胸が締め付けられていく。辛い。痛い。

今にも彼女が消えてしまいそうだ、と胸中で呟いた瞬間、だったと思う。自分でも驚く程強く、彼女の手を握ったのは。
自覚は無く、無自覚の内の行動は先程とは打って変わってすんなりと実行出来た。

我愛羅、痛いです。

目尻を下げてそう訴える彼女を無視して互いの掌の温度を分け合う。自分でも何故こんな奇行をしているのか。これも矢張り分からなかったがただ一つ彼女の手を離してはいけないという事だけは分かっていた。

じわりじわりと彼女の体温が掌を伝って俺の生命線に染み込んできた頃、彼女は突然たがが外れたかのように泣き出した。

本当はずっと我愛羅の側にいたかった、我愛羅を護ってあげたかったのに。

途切れ途切れに聞こえてくる彼女の言葉にはもう今までの違和感は微塵も感じられなかった。俺の知っているいつもの彼女だ。安心する。だがそれと同時に底知れない不安に駆られる自分がいた。

私は我愛羅が大好きなの。ありがとう、ありがとう。我愛羅の掌から大切な何かが粒子になって入ってきたよ。ありがとう、ばいばい。


途端に世界が真白に染まった。
辺りを見回せば何時もの風影室で、風が適度に部屋を駆け抜けていて、外を見やれば忍達が忙しなく動いていて。違ったのはただ一つ、俺の心臓だけだ。

死んだ、彼女は、死んだのだろうか。
考えたくない思考が過ぎり、無理矢理追い払い、また過ぎる。馬鹿みたいな繰り返しをしている間に、伝令の忍から彼女の訃報が伝えられた。即死だったらしい。抜け忍の賊に囲まれ、下忍を庇って即死。呆気なさすぎで、世の中が憎くなる。

俺の心臓には、直径五センチの穴があいた。あれが夢でなければ良かったのに、と何とも都合の良いことを考えたら、「愛」と掌があの時のようにギリギリと痛む。今も痛むのだ。きっと何時までも痛いのだ。



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ぐだぐだなのはテスト前だからという事にしておいてほしい



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