「あ」
「ん?」
「お前、それ」


気の抜けたような青い空が浮かぶ午後2時。自宅に帰る途中の道でばったり出会った、今日も今日とて眩しい白髪をぶら下げた万屋が指した先は、私の足元だった。

「あ」

先に言い訳をしておくが、今日は朝非常に忙しかった。今日中に片付けなきゃいけない仕事が全然終わってなかったり、愛犬の散歩当番の日だったり、遅刻魔の彼氏を起こしてから職場に向かったりしたからである。だから、こんな失態が起こるのだ、決して私が天然とかそういう類のものではないことだけは、重々ご承知置き頂きたい。


「オイお前それわざとか?」
「ううん」
「ぷぷ、だっさ」


は?
自分でも一瞬目を剥いたほどに低い声が出た。たしかに、確かにダサいけど。でも、それをこの切りっぱなしみたいな天然パーマ野郎に言われても何とも複雑な気持ちになるではないか。意識せずに険しくなった私の眉根に目の前の馬鹿侍は気付いたかどうかは不明だけれど(たぶん気付いてないだろう)、取り敢えず一つ、大きく咳払いした。

にも関わらず、やっぱり万屋はそんな事は毛ほども気にかけない様子で、ゲラゲラと笑い始める。いや、確かにダサいけど、でも。でも、だって、今日は忙しかったし。

そんなに笑う事ないではないか、ただ左右違う靴下を履いてきてしまったくらいで。


「ぷっ…やっぱ無理だ、ヒーヒヒッ、腹いてぇ」
「ねえそんな笑う事なくない?」
「だってよォ、右足のその紫イモみてェなダサい柄やべえだろ、どこで買ったんだよそんなん…プフッ」


そう言いながら万屋は苦しそうにお腹を抑えて、人目も憚らずに爆笑である。なんだよいつ、そんな馬鹿にして。しかもわざわざ人の往来が激しい道で大きな声を出して。心なしか、すれ違う人達が私の足元を見てクスクス笑っているような気さえした。坂田のデリカシーのない態度に苛立たなかったと言ったら嘘になるが、自分の足元をみれば確かに、これは笑われるか、と思うような柄だった。

左はネイビーの無地なのに、右はクリーム色がベースで、そこに紫の根菜?がたくさん描かれていた。確かに、ダサい。ていうか、この靴下って…。


「あー、面白ェ。お、神楽じゃねえか。」
「あ、銀ちゃんこんなとこにいたアルか。しかもドS警官の彼女も一緒に何やってるアル?」
「神楽ちゃん!こんにちは」


お買い物の途中なのか、両手で紙袋を抱えた神楽ちゃんと偶然にも合流する。袋からは数え切れないほどの酢昆布が覗いているけれど、それはあえて気にしないことにする。あと、わたしの彼氏がサラッとひどい名前で呼ばれてたけど、それは間違ってはいないので訂正もしなかった。

ニヤニヤした坂田が、早速わたしの靴下を指差して神楽ちゃんに耳打ちする。バレバレだっつの。そんな気持ちは声に出さずとも、普通の人であれば確実に私からの視線だけで気がついてくれただろうに。
万屋の指につられ私の足元に視線を落とした神楽ちゃんは、一瞬目を見開いた後に、まるで坂田銀時と同じニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「ほんとアル。しかも右だけめちゃくちゃダサい、更年期のババアが若作りして選んでるけど絶妙にダサいって感じの柄ネ」
「アーハッハッ、そいつぁ違いねえ」


どうやら靴下がツボに入ってしまったらしい坂田と、同居人同様人目も憚らずに笑う神楽ちゃんに、わたしも釣られて少しだけ笑ってしまった。ただ、ただ、これは実は。

総悟くんの、靴下なんだけどなあ…。

ここまで柄を馬鹿にされて、今更そんな事を二人には言えず、苦笑いになってしまう。総悟くんのって知ったら、絶対もっと笑うもんなあこの人たちは。しかもそれを運悪く総悟くんが見てた日には…。


「江戸が火の海になっちゃうもんなぁ…」


思わず溢れたそんな言葉に、万屋達の動きが止まる。


「え!?何、なになにこれそんなお気に入りだった!!?馬鹿にされて江戸を沈めるほど!?」
「銀ちゃん大変アル!早く謝るネ!」
「何でだ!俺ァ悪くないだろーが!!!」


あー、面倒くさい事になっちゃった。誤解だよ〜、と二人に向かって言いながら、ふと自分の足元に目をやった。へんてこな柄のこの靴下は、総悟くんのお気に入りだったはず。
ふと、この靴下を無表情で履いている自分の彼氏が頭の真ん中を過っていった。思わず微笑んでしまいそうになる頬を右手で抑えながら、目の前の二人にする言い訳を考える。

とりあえず今は、二人に適当に言い訳して、わたしは早くお家に帰ろう。今日は総悟くんは早番だったはず。うちに帰ったら、靴下間違えちゃったの見せて、一緒に笑おう。笑ってくれるかな。いつもみたいに、馬鹿にしたような顔で笑うかな。それも良いなあ。



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沖田夢?なのに沖田くん出てこなくてすみません。くだらない坂田銀時が好きすぎて、この短い文章書いてる間だけで6回くらい銀時夢にしてやろうって魔が差しました。
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