「兵助は嘘吐きね」


唐突に紡がれた言葉に小さく刮目すると、彼女は月を見上げながらもふんわりと小首を傾げて笑みを浮かべた。それは余りにも柔らかい表情で、何故だか反論しようにも出来なくなる。俺は嘘など、ついた覚えはないが。


「前に、本当に小さい頃に言ったでしょう?お月様をとってきてくれる、って」
「…そんな無茶な」
「ね、無茶だよね。でもね、私、無性に嬉しくてずっとずっと覚えてたんだ」


ふふ、と微笑みを漏らして眉尻を下げる彼女は何だか今にも消えてしまいそうに見えて、思わずその細い肩に手を伸ばした。が、唐突に体を触るのはやなんとなく憚られて、結局ゆっくりと宙を掻いただけで終わった。

虚しいな。なんて、自分の意気地が無いだけであるのにそんな勝手な考えが頭を過る。人間というやつは、一体どこまで愚かなものなのだろうか。自分を省みれば、何時だってそんな疑問に辿り着く。もちろん答えは、未だに分からないままであるのだが。

ひとつ、大袈裟な吐息を暗闇の中に落として、それから改めて彼女の横顔を伺い見る。月明かりの所為で、ただでさえ病人のように白い肌がより一層に透き通って見えた。今にも死にそうだ。縁起でもない戯言だと自分でも分かっている筈なのに、そんな不安に駆られずにはいられなかった。


「それにしても、今日は月が綺麗だね」
「…ああ、確かに」
「兵助、ほら、盗って来てよ」
「無理に決まっているのだ」
「そうだね、うん…無理か」
「月を盗るなんて、出来るとしたら天女くらいじゃないか」
「天女…かあ、」


そう呟いて少しだけ寂しそうに伏せられた睫毛の間からは、薄くて白い光が静かに漏れ出でている。綺麗だと、ただ単純にそう思った。無論、思っただけで口に出しはしなかったけれど。

けれど、きっと俺の視線は明らかに彼女に刺さっていたのだろう、気付けば宙に浮かぶような笑みが、ふんわりと俺に向かって泳いできていた。愛おしい、という言葉がぽんと頭に浮かぶ。今その単語を使わずに、果たしていつ使うというのだろうか、なんて、俺は大分彼女に毒されているらしい。


「あとさ、嘘つき兵助は大きくなったら私をお嫁さんにする、とも言ってたよね」
「…え、お、覚えてないのだ」
「そっか」


覚えていた。覚えていた、というよりは、忘れられなかった、と表現すべきなのかもしれないが、兎に角彼女との約束は俺の脳みその端で、しっかりと
息をし続けている。

つまり忘れたフリはただの格好付けであった訳なのだが、彼女はそんな私を責めるでもなく、穏やかな表情でゆっくりと首を縦に振って、それから矢張り至極放漫な動きで俯いた。


「一緒にいれたら、良かったのにね」
「一緒にいるじゃないか。昔も今も」
「でも、一緒にいすぎるとやっぱり駄目なんだね」
「…米を炊けない点以外は、駄目だとは思わない」
「ふふ、ほら、やっぱり兵助は嘘つき」


ああ、何故だ。
幼い頃はよく一緒に泥だんごを作ったよな。一度俺の作った団子を口に入れた時は驚いた。忍術学園に入ってからも、禁を犯してまで長屋に会いにくるお前を俺は疎む素振りをしたが、本当は違ったんだ。嬉しかったんだ。まだまだ力の足りない俺だけれど、お前だけは守れるようになりたいと、柔らかい笑顔を受け取る度に思えたんだ。なのに、何故。


「嘘つきは、お前だろう」


放った声が、震えていた。
眩しいとすら感じられる程の月明かりに晒された彼女の肌が、尋常でない色に染まっている。文字通り「透き通った」笑顔に、情けなくも水晶体がじんと熱くなった。


「この先も一緒に、生きてゆくからと言っていたのに」


視線の先の彼女が、困ったように笑う。笑いながら、泣いていた。ごめんね兵助。彼女の心地良い声音が、私達には少し明る過ぎる春の宵に染み渡る。ああ、愛おしい。慰めてやりたくて胸がぎゅっと締め付けられるのに、俺の手が彼女の身体に触れることは叶わない。

死んでしまうだなんて、本当にお前はなんて愛おしくて残酷な嘘吐きなんだ。



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幽霊と久々知のお話
こういう雰囲気の文章は需要が少ないと分かっているのに書いてしまいます。だって大好きなんだもの。宇治ちゃん低クオリティでごめんね(´・ω・`)
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