バカ、と言えばアイツ。
俺の頭の中ではそんな等式が成立している。アイツと言うのはもちろん俺の従兄弟であるあの馬鹿女の事だ。彼女の馬鹿と言うのは何も勉強が出来ないとか(いや確かに俺に比べればカスみてえな学力だが)、いつも連んでいる綾小路達のように救いようのない程世間を知らないとか、そういう類の馬鹿ではない。

アイツの馬鹿は、ややこしい。他人の表情の機微に敏感で、いちいちそれを気にして自分の感情を押し殺して、それでも完全に隠し通す事が出来なくなって変な所で一生懸命になってしまう挙げ句、それさえ空回りして結局は自分が一番に辛酸を舐める。そんな器用過ぎる不器用さが、俺がアイツを馬鹿だと思う由縁なのだ。まあ、世間は彼女のような人間の事を器用貧乏とも言うが。

そんなヤツだが、俺の唯一無二の「相手」でもあった。
関係を持ち始めた当初はコイツは俺に好意を抱いているんじゃないかと本気で考えていた。アイツは見た目だけは悪くないし、その事に多少なりとも喜びと愉悦を感じたりもしていた。多分、好きだった。てかまあ、嫌じゃなかった。

でも彼女が本気で俺を見ていないと、気付いたのはいつ頃だったか。一緒にいても、抱いている最中でさえどこか諦めたような眼差しを向けてくる彼女に、矢張りと思う気持ちと、こんな奴に自分が負けたのかと悔しく思う気持ちがなぜい合いになったのを脳みその隅で記憶している。

それでも彼女との関係は絶てないままダラダラと行為の回数だけを重ねていくうちに、俺には好きな女が出来た。彼女に水谷サンの事を話すと、かなり真剣な目で自分は邪魔でないかと質問された。つーか今でもたまに訊かれる。いいんだよ、アイツは結局ハルなんだから。その都度同じ台詞を返すと、彼女はいつも悲しそうに笑った。そう、賢二がそれでいいなら、いいよ。そう言って馬鹿なりに微笑んでいた。

でも俺はそれが慰められているように思えてどうにも気にくわなかった。お前が、情欲を孕んだ目で見るから悪いんだろ。本音は自分でも自覚する程に高いプライドが決して外に漏らす事を許してくれず、いつも俺の胃の中で消化不良を起こす。俺に本気でない筈のアイツの寂しそうな笑顔と併せて、知らぬうちに体内で暴れまわるのだ。それも堪らなく嫌だった。
だから俺は、何時まで経っても掴めないアイツが嫌いだった。


まあ長い前置きはさておき、ちょうど今、その思いが現在進行形で増していっていた。何故か。理由は俺の十数メートル先にある。アイツが何故か、ハルと確か佐々原とかいうハルのクラスメイトと喋っている、その光景の所為だった。

気怠い土曜の午後、富岡達との約束の場所へと向かう道が途中で複雑になりやがった所為で分からなくなり、苛々していた時に幸運にも彼女を見つけて、声を掛けようとその後ろ姿を追い出した矢先の事だった。本当に偶然すれ違ったらしいハルとアイツが、天文学的な確率で肩をぶつけ双方が立ち止まったのだ。無論その瞬間に、俺の動きも止まった。

俺とアイツは学校は違えど従兄弟であり、アイツの親父さん(つまり俺の叔父さんに当たる訳だが)がウチの病院の副院長という事も作用してよく連れ立ってパーティーに参加していた。それはハルの誕生日パーティーや優山のそれでも例外でなく。

だからアイツ等は、何度か会った事がある。どうやら本人達もそれに気付いたらしく、ハルの花が咲いたかのような笑顔が視覚情報として網膜に入ってきた。ちくしょう。何故か、理由もなく焦った。それは今更のこのこ出ていってアイツに道を訊くことが出来なくなったからだ、と自分に言い訳するも、苛々は消える事なくチクチクと肌を刺してくる。

アイツの顔は見えないが、恐らく笑っているのだろう。それを証拠付けるかのような、ハルの隣の佐々原のにこやかな笑みがヤケにうざったく思えた。アイツもアイツだ。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だったとは。大した意味もない幼稚な怒りは胃液と共にぐつぐつと沸騰するばかりで弱まらない。これは独占欲、なのか。ちらりと考えたが、そんな事有るはずもないアイツ相手にと首を振って打ち消した。その間も当然のように、彼女はハル達と呑気に立ち話を続けている。

そんなんだから俺に見下されるんだ。大声で言ってやりたい衝動に駆られた。無論、そんな事をすれば自分が恥を晒すだけだという事くらいは分かっていたので踏みとどまったけど。その代わりに、アイツの小さな背中を見詰めながら下唇を噛んだ。束ねられた彼女の髪が、何となく寂しそうに小さく揺れている。

何やってんだ、俺。
急激に自分が馬鹿らしくなった。ゆっくり息を吐いて、吸った。それだけで少し楽になる。と同時に何故か水谷サンのダッセー私服姿を思い出した。あれはマジで笑えない。

街の喧騒に溶け込むように、静かにポケットからスマホを取り出して着信履歴を開く。掴めないなら、伸ばしてなんかやるもんか。まだ僅かに続く痛みはもう歯牙にも掛けてやらないと、無駄な決意を固めてから、着歴の一番上にあった富岡竜二というボタンを押した。



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不毛な主人公に救済ルートを、と言ってネタ提供して下さった方、ありがとうございました!ヤマケン大好きです。でも嫉妬するけど雫ちゃんで少し和らぐヤマケン、ってこれ主人公救済されてない気がしますごめんなさい。そしてこれは彼女目線も書こうと思っています。なんかもう軽く連載。


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