「午前九時、死にたくなる」の後日談



太陽が、高いところで笑っている。
世界の終わりの日は、雨でも風でもなく、どこにでもあるような普通の快晴だった。

日の光を支えきれない私を嘲笑うかのようにそよぐ生温い風に揺られつつ、丸めた拳にゆっくりと爪を立てていく。じわりじわり、増してゆく痛みを感じ取り始めた正にその時に、不意に左肩に誰かの手のひらが置かれた。まさか、彼女では。刹那的に淡い期待に襲われ、首が千切れんばかりの勢いで振り向く。早くあの笑顔がみたい。


「…なんだ、シン、ですか」


神様なぞ信じてはいないが、仮にそんな存在の者がいたとしたら彼は恐ろしく残酷である。
振り向いた先の主はなにか憐れむような色をその黄金色に浮かべて、少し掠れた声で私の名前を呼んできた。彼に対してと言えど返答する気など微塵も起きず、ただ憂いや憐れみの所為で青みがかった黄金から視線を外して染みるほど澄んだ本当の青へと鼻を向ける。雲一つない、とはなんて皮肉な天気だろうか。


「大丈夫か、おまえ」
「…大丈夫とは?」
「…すまん。残念だったな、本当に」
「いいんです。分かってましたから」


そう、分かっていたのだ。いや、分かっていた筈なのだ。しかし矢張り、予想するのと実際に体験するのでは天と地ほどの隔たりがある。故に私は、何とも情けない話ではあるが、困惑していた。

白い花飾りを頭に付けた彼女は目を見張る程綺麗で、それでいて儚げに微笑む彼女はまるで女神のようで。神など信じないと言うのは嘘ではないが、そんな彼女の姿は永遠に私の脳裏に神々しいものとして強く強く焼き付いたままでいるのだだろう。

ジャーファル、折角だから手を握っていて。そうゆったりと出力された声音に、犯されたかのように無心で従ってしまったのはつい四時間前の事であった。それなのに。こんなのは可笑しい。あの時彼女が優しく微笑んだと言うのに、世界は何故、消えないのだろうか。


「そう簡単に泣けはしないのですね」
「え?」
「涙を流せば、何か変わるかと思ったのですが」
「…そういうものさ」


私の体の造りが余程可笑しいのか、それともシンの言うように元々そういう物であるのかは謎だが、涙は未だ一粒も滲み出てはいなかった。ただ、胸に大きな風穴を開けた虚無感だけが、断続的に襲ってくるのだ。

涙を流さなくたって、彼女がその艶やかな唇でもう世界は終わりよと紡いだって、空はその青さを失わずに私達を馬鹿にし続ける。それはどうしたって変えられぬ真実である。そしてまた、振り返った視線の先に彼女を捉えられなどしないという事も、私なぞには変えられぬ真実である。

考えれば考えるだけ、胃が痛くなる。それでも思わずには、いられない。

シンの同情とも心配ともとれる表情が、何故か彼女の微笑みと重なってみえた。せめてもう一度だけでも、彼女に会えたなら。虚しい反実仮想が、憎らしいくらいに青い空へと吸い込まれてゆく。ああ、もうどこを探しても、どんなに愛を嘆き叫んでも二度と会えやしないのだ。この世界に彼女はいない。



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