まままま、マ、スルール先輩。 私の口からはそんな情けないマの羅列が出てきた。それもそのはず、何たって今、私はシンドリアいちの力持ち(それ以外のニュアンスが見つからない)のマスルール先輩と、私の身長の二倍はある城壁に挟まれてしまっているのだ。 一体なにがどうしてこうなった。天罰か、これは天罰か。というか甲冑でコーティングされた胸板が近い。鼻の頭に付いてしまいそうである。恥ずかしいどうしよう。 「あ、あの、先輩、」 「…何だ」 「なな何故に私をふ、袋の鼠に?」 「なんとなく」 「なんとなく!?」 遥か四十センチ上方から落ちてくる低い音の一言ひとことが、私の決して出来が良いとは言えない頭で跳ね返るように宙に浮かんでいく。 首を思い切り上に曲げている所為なのか、何故か上顎が痛くなった。そしてきっとマスルール先輩は逆に、首の裏が痛くなっているに違いない。何だか申し訳ない。けれど申し訳ないより先に、まずこの状況を整理させて頂きたい。 一度息を吸おうと肺で準備をしていたら、お得意のファナリスの勘というヤツでそれを察知したのか何なのか、なんと先輩の顔が迫ってきた。ゆっくりと、但し着実に地上一五五センチに近付いてゆく整ったお顔。 この人は一体何がしたいのだろう、後輩をからかう性格ではないと思っていたからこそ尊敬していたのに。冗談やらかす相手は選ばなきゃいけないって事を、シンドバッド様やジャーファル様から習わなかったのか。うん習わなかったんだなだってあの方達はそんな事は教えそうにないもの。 何だか意味もなく泣き出したくなった頃には、先輩の鼻先が私のそれとくっつきそうなくらいにまで近付いていた。端から見たらマスルール先輩の背骨は尋常でない角度になっている筈だ。 「ちょ、あの、先輩!」 「なに」 「からかう相手は選びましょう!ね?」 「…本気だけど」 「え?」 本気というのはマジと読むあの本気の事か。 何に対して?って、そんなのこの状況下じゃ答えは一つしかないのに、みて見ぬ振りをして存在しない別解を探し求める。それでもやっぱり何時までも気付かない訳にはいかなかった。だってマスルール先輩、本気らしいんだもの。この何時にも増して積極的な態度は、冗談でも何でもないらしいんだもの。 「な、なんで、わたし?」 「…悪いか?」 「や、悪くはない、です全く全然」 「…嫌だったら早く逃げろ」 「へ?」 「じゃないと勘違いする」 逃げろだなんて、無茶おっしゃる。 マスルール先輩という城壁よりか分厚い壁をいち武官の私が押しのけられる訳がないだろう。武官と言えどファナリス様の前では非力な小型動物みたいな物なのだから。 それに、まず、勘違いされても良い、というか寧ろされたい。 無口で寡黙な先輩に迫られて落ちない後輩がいるだろうか、いやいない、というのが後輩のそして何より女の摂理である。だから、逃げるなんて甚だ無理、論外だ。 岩のように固まって、マスルール先輩の切れ長の瞳を見詰める。何の色も呈していないようで実は沢山の感情を含んでいるそれに、思わず吸い込まれそうになった。やばい、顔が熱い。 「…逃げないのか?」 「……」 「ふうん、じゃあ、勘違いするわ」 そう言ってほくそ笑んだ先輩を見たら、顔だけじゃなくて全身が熱くなった。どうやらこれは天罰じゃなくて、天から私への褒美らしい。 ********** リクエスト:後輩をぐいぐい攻めるマスルール マスルールは無言の抑圧が上手そうですが個人的には後輩にしたいです。忠犬マスルールを飼いたい。慕われたい依存されたい |