「ギャー!後藤さん!虫!毛虫ぃ!」


腹の底から叫びながら、今の今までは腕を組もうと密かに後藤さんへとにじり寄っていた筈の体を思い切り引く。

秋になると何故か出てくる我が仇敵。毛虫。なんといってもそれが後藤さんの足元、というよりは彼のグレーのスニーカーに乗っていたのだから堪ったもんじゃない。いくら三度の飯より遥かに大切で大好きな後藤さんとは言え、毛虫ならば飛び退いても許される筈だ。だって仇敵だもん。

カタカタと震え慄く私の姿が新鮮だったのか何なのか、後藤さんはフッと笑って「毛虫ダメなんだ?」なんて余裕をかましながら爪先の幼虫をまじまじと見ている。

何時もとは違う笑顔にキュン!なんてなりたい所だけど生憎そんなときめきすら生まれなかった私は今更ながらかなりの毛虫嫌いらしい。いや切実に余裕を分けてほしい。


「だだだって、毒ありますよ!?」
「まあそうだね」
「刺されたら痛いですよ絶対!」
「ハハ、大丈夫だよ靴の上だから」
「大丈夫じゃないです!」


後藤さんが痛い思いをするなんてそんなの耐えられない。多分見てるこっちが死んじゃう。だって後藤さん大好きだもん。今日みたいなジャージ姿も格好良いんだもん。

早く早くと騒ぎ立てると後藤さんは詰まらなそうに唇を尖らせているのにどこか楽しげな様子で、彼の爪先でうねうね気持ち悪い毛虫を、シュートのフォームで足を思い切り蹴り上げるという行為で遠くに飛ばした。その姿にも惚れ惚れする。

さすが元サッカー選手で現私の彼氏、かっこ良過ぎて吐きそう。
飛んでいった小さな生命体が可哀想なんて感情はどこかに置き去って後藤さんの色気に酔っていると、彼はニコニコ微笑みながらこちらに歩み寄ってきた。


「ホラ、もういないだろ」
「よ、よく平気でしたね…!」
「大した害はないしね」


まるで飼い主に誉めてもらいに来た犬のように自分の靴を指し示す後藤さんに、心臓がきゅうきゅう音を立てて締め付けられる。
ああもう、可愛いって何事なの。自分より十八も年上なのに、こんなに可愛いってもう本当に私を殺す気としか思えない。

心中で悶えて悶えて苦しくなったら、思わず手が出てしまった。
気付けばクシャクシャと後藤さんの黒髪を、不格好ながら背伸びまでして撫でている自分。だって本当に素敵すぎて、というのが言い訳で良いだろうか。


「ちょ、照れるから止めなさい」
「だって後藤さん大好きなんですもん」
「分かった、分かってるから止めて」
「とまりませーん」
「止まってくれないと俺が撫でられないだろ」
「!」
「オイオイ、止まるの早いな」


まあ素直でよろしい。
目尻を下げてそう口にした後藤さんの大きな手のひらが、お返しと言わんばかりに欲に忠実な私の頭を優しく撫でてくれる。幸せが、こんなに秋色をしているものだとは。何だか嬉しくて体の芯が震えた。

無意識に頬が緩んだのが自分では分かったけれど、果たして後藤さんは気付いただろうか。その疑問は存外、はにかんでいるように見える彼のお陰で何となくすぐにとけた。


「本当、年齢差とか楽々超えてくるよなぁ」
「はい?」
「十八も違うってのに」
「…だって後藤さん格好良いですし」
「若い選手だっているのに?」
「ETUの、いや東東京の中で誰よりも後藤さんが格好いいんです!」


ミニゲーム形式で練習している選手達を目の端で捉えつつ言い切ってから、後藤さんのいい感じに血管が浮き出た腕を両手でギュウっと握る。すると彼はスケール拡大が半端なところがまた私らしいと言って、嬉しそうに目尻のシワを深く刻み優しい笑みを零した。

ああもう、そんな後藤さんが大好きです。




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夏の続編。晴れて付き合う事になってたみたいです。でもよく考えたら親子並の年齢差という。



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