やっとのことで呼吸も落ち着いてきて、私の手を引いた彼の顔を見た。

イタリア語で、テレビで見たことのある顔。ユニフォーム。…多分だけど、フィディオ・アルデナだ!

刹那、一気にパニック状態を引き起こす。どうしてこんな有名人が私なんか助けてるの!?



「自己紹介がまだだったね。オレはフィディオ・アルデナ。イタリア代表としてFFIに参加するんだ」



…ドンピシャ。願わくば当たらないでほしかった。ああもうこれからどうしよう!エドガーになんか言われる!

冷や汗をかいている私を他所に、フィディオは私の顔を覗き込んでくるのだ。



「どうして名前はライオコット島に?誰かに招待されたの?」



私の素性が知られていない事を願う。…知られたくない。ピアニストとして世界を回っている、私の事なんか。



「…えっとね、イギリス代表のエドガーに招待されてきたの。本当は両親だけだったんだけど私も一緒にって」



「へぇ、ナイツオブクィーンの招待なんだ。名前のご両親は何をやってるの?」



「父は日本のサッカー雑誌の取材者。母はピアニストで…いろんな国を回っているからエドガーとは知り合いになって」



私は、逃げたかったんだと思う。母の影響で強制されるピアノは大嫌いだったから。

世界が私を認めたとしても、それは本当の私じゃない。私が本当になりたいのは…シンガーソングライター。

ピアニストになんかなりたくなかった。歌が好きだった。けれどピアニストは歌わない。ピアノを弾くのは好きだけれど。

思いつめたらなんだか悔しくなってくる。今は強制されたクラシックなんて、とてもじゃないけど弾けない。



「初めて会ったばかりだけど、フィディオにお願いがあるんだ。…聞いてくれないかな」



会ったばかりの人にこんな事を頼むものじゃないだろうけれどどうしても…そうしたかったから。

真剣に聞いてくれるフィディオには申し訳ない。私と会ったのが運の尽きだと思ってください。…さぁ、賭けを始めよう。



「私と一緒に、逃げてくれませんか?」