逃げ出す事を選んだ私は愛用のキーボードを担いで屋敷の柵をよじ登って飛び降りた。



――ああ、もうドレスなんて嫌いなのよ!!



急いで物陰に隠れた私はすぐにドレスを脱ぎ捨ててバッグに詰め込んでおいた私服に着替える。

騒がしくなった屋敷を横目に私は地面を蹴った。追手が来るとは思うけれど…捕まるまでは逃げる!



全速力でレンガに囲まれた町並みをくぐり抜けていく。土地勘が全くと言っていいほどない私はがむしゃらに走った。

目に付いた角を曲がるとそこには追手の姿。…ヤバい、先回りされたんだ!

息を潜めてみたものの、私がいる事に気が付いたのか追手がこちらへと走ってくる。――ご丁寧に二人組で。



「名前様、会場へどうかお戻りください。エドガー様がお待ちになっています」



英語でそう述べるスーツの男はエドガー・バルチナスのいる私を会場へ連れ戻そうとする。



…エドガーの野郎…嫌だと言っているのが分かっていないのか…?



あまりにもしつこく私を説得しようとしてくる大人にイライラした私の堪忍袋の緒が切れた。



「ああもう!大体なんで私がエドガーと愉快にお食事しなくちゃいけないわけ!?それに両親が勝手に連れてきただけであって、私はここで演奏する気はない!」



あまりの苛立ちにはっと我に返る。…わぁ、私ってバカだ。日本語で怒鳴ったってこの大人には伝わんないのに!

落ち着いて考えつつ、首をかしげる大人達に対して私は英語で意思を伝えた。



「私は戻らないから、しばらく一人にさせて!」



そう言うと溜息をついた大人は私の腕を掴んで連れ去ろうとする。行きたくない。その気持ちで私は必死に抵抗した。

すると突然ボールが飛んできて、大人の顔面に直撃する。なんかよく分からないけどざまぁみろ!

そんなことを考えていると急に走り出してきた同い年くらいの男の子に手を引かれて私は何処かへ走って行った。



突然現れた彼についていったのに理由はない。ただ、この子についていけば大丈夫なんじゃないかと思った。



それはあまりにも突然やってきた、出会いと言うものだったのだと思う。もちろんそんな事に気が付きはしないけど。