もし、この曲が完成してお母さんに聞かせれば私の努力は認めてもらえるだろうか。

あと残りが少しになった五線譜を見ながらふとそんな事を考える。

今、フィディオは隣にいない。どうやらディランとマークと練習をするらしい。



――早く完成させて、一番にフィディオに聞かせてあげたいな。



喜んでくれるだろうか。浮かれていた私は背後の存在に気付くのが遅かった。

突然両手を拘束されて身動きが取れなくなる。かろうじて振り返るとその先に見えたのは、



「エ、ドガーの、使用人…っ!?」



「一週間の期限のはずだったのですが日本代表とパーティーを開く事になりました。今一度お戻りください」



「そんなの私には関係ないでしょ、離して!!」



じたばたと腕を振って出来る限りの抵抗をする。すると使用人は手にしていた五線譜の紙を私から奪った。



「返して!それは大切な…っ!!」



びりっ。無機質な音…紙の破かれる音が嫌なほど鮮明に、耳に届く。半分に引き裂かれたそれははらりとすぐそばの池に落とされた。

私は急いで池へと足を進める。水浸しになってもいい。けれどこれだけは…!



水面に浮かぶ五線譜を全て拾い上げた私はその後、使用人に対して何を言ったのかはよく覚えていない。

ケータイにはエドガーから謝罪のメッセージが入っていたけれどそんな事も気にならないくらい私は茫然としていたのだと思う。



ずぶ濡れになった私を見たフィディオは私の名前を呼びながら駆け寄ってきてくれた。

どういう状況だったのかを理解したのだろうか、フィディオは私の頭を軽く撫でる。



「頑張ったね、名前」



フィディオの声も仕草も優しすぎて、堪え切れなくなって大泣きしたことくらいしか覚えていない。

悔しくて仕方なくて、泣きっぱなしだった。フィディオはずっとそんな私の手を握っていてくれた。