とうとう来てしまった別れの当日。あまりにも時間が過ぎるのは早かった。
帰れば魔導器も魔物も存在しない世界。そう考えると本当にここは異世界だったのだと改めて感じた。

二週間前から消えかかっていた手はどんどん広がっていき、今となれば全身が透けているような状態だった。鏡を見ればそこには半透明になっている自分の姿が見える。
ユーリの部屋の窓からそっとザーフィアスを覗く。本当に夢のような世界だった。

「どうしたんだよ、そんな思いつめた顔して」

「…みんなと過ごしてた時間はあまりにも心地良すぎて…正直離れたくないんだ」

元の世界に戻れば私はまた一人で暮らす普通の女子高校生に戻る。
家族みたいな仲間達にすっかり依存してしまった私はこうして離れたくないと強く思ってしまう。
ユーリの服を掴もうと伸ばした左手が空を切る。否、指先が触れる前に完全に消えてしまったのだ。

名前は複製された写真を消えていない右手で握りしめてユーリを見つめる。
苦しそうに顔を歪めるユーリは今何を考えているのだろう?
もしも、少しでも自分との別れを辛く思っていてくれるのならそれで十分な気もする。

みんなが集まった頃、残った時間はあと十分ほどになっていた。名前の体には無数の空洞が出来ていて少しずつ元の世界に戻りつつあるのが分かる。

「本当にこれでお別れになっちゃうけど、記憶の片隅に存在してない私がいたらなんかロマンチックだよね」

大丈夫だと言う、カロルとエステルの言葉に期待してはいけないと自分にも言い聞かせるように私は首を横に振る。

「その確信は…ないから」

「最後に言う言葉じゃないわよ…!」

「それでもきっと覚えてるわ、あなたの事。体の記憶がね」

泣きそうな声で怒っているリタ、大丈夫だと言うような優しい声のジュディス。
半透明な体がふつふつと消えていくのを感じながら泣かないと思っていたのに涙を流した。

「泣いてお別れじゃ後味悪いわよー名前ちゃん?」

「ごめん…別に泣くつもりなんて全然なくって、っ」

レイヴンの言葉の意味を噛み締めて謝った名前をユーリが片手で抱きしめる。
それに吃驚した名前は一言ごめんと呟いた。まるで謝るなと言うかのように抱きしめられる力が強くなる。

「…ねぇ、ユーリ。私さ、ユーリの事好きだったみたい、特別な意味でね。でもそれが叶うのは難しそうで言わなかったんだよね」

上半身も下半身もどんどん消えていく中で名前は泣いた跡の残る顔で笑みを零した。
あともう少しで完全に消えてしまうというところでユーリの服の裾を力なく握りしめる。
泣きそうに震えた声で別れを惜しむようにそっと呟く。

「今度会う時も…覚えていてくれたら嬉しい。みんなに会えて本当に良かったって思える」

自分の体が消えていく事を虚しく思いながら、最後にユーリの耳元で「大好き」と囁いて私は意地悪い顔をして笑って見せた。
そうして静かに裾から手を離してばいばい、と手を振り、私は最初の頃と同じように真っ白な世界に包まれていった。

どうか覚えていてください。存在しなかった私がそこに、確かにいた事を。
私は、『この世界』に別れを告げる。辛いけど、もうきっと会えないだろうなんて悲しい現実が戻ってくるんだ。