肩の傷はエステルの看病のおかげもあり、思っていた以上に早く治った。
自分でも理解していた。時間が経てば経つほど感覚が鈍くなっている事。何よりそう長くここにはいられないんだという事も。

「存在していない『存在』か…」

ポツリと呟いたは前を歩いていくみんなの背中を見つめるように立ちすくむ。
自分がここからいなくなったとしても彼等はこのまま前に進んでいくだろう。
ただ…という存在しえない『存在』がいた事を覚えていてくれるかの確信がなかった。
そもそもこの世界に存在していないわけなのだから元からいなかった、という事になるのではないか。

「あら、どうかしたのかしら?」

「ジュディス…ちょっと考え事してただけだから大丈夫」

やっぱりジュディスは察しがいい。それともそこまで私が無理しているように見えたのか。

「ねぇ。あなた、ユーリに恋してるんじゃないの?」

残っているのはジュディスとだけで他のみんなの姿は見えていない。そんな中で耳元で囁かれた言葉は確実にの意表を突いた。

「…戻りかけている事で反応も感覚もうまく感じ取れなくなってきた。そこからバランスを崩して思い悩んでいる…そんなところかしら?」

よく分かったねと口元だけを少し上げて名前は言う。確信がなかったから言うのに少し躊躇したのよとジュディスは俯きながら呟いた。

「そう長くはもういられないみたいなんだ。あとほんの少し…少ししか残ってない」

泣きそうになってしまう涙を必死に堪えるように上を向くと名前は大きく息を吸い込んだ。

「恋した相手に笑って伝えて帰りたいかな、なんてね」

そっとジュディスの耳元で囁いた後、目を逸らして前を向く。
すると二人を心配して引き返して来たのかみんなが目の前に立っていた。驚きや悲しみを隠せないような暗い表情で名前を見つめている。

震えている声を抑えながら悔しそうに顔を歪めているリタと泣いてしまいそうな目で名前の服を強く握りしめるカロル。
柄にもなく辛そうな表情で俯くレイヴンに名前の両手を握りしめてまっすぐ見つめてくるエステル。そして無言で拳を強く握りしめて歯を食いしばっているユーリの姿。
こんなにも悲しんで苦しんでくれている仲間がいるんだ。
それなのに自分がくよくよしているなんて情けない。別れを惜しむくらいなら楽しんだほうが何倍もいいじゃないか。
私は集まったみんなを両手に抱え込むように飛びついてとびっきりの笑顔で笑ってみる。

「大丈夫だって!世界が違っていても私達は仲間、凛々の明星の一員!離れてても仲間、一人はギルドの為に尽くす。そうでしょ?」

名前につられるように笑顔を見せるみんなを見て名前は安堵した。こんなに優しい仲間と出会えて後悔なんてない気がした。

存在していない『存在』ならばその分だけここにいた事を焼きつければいい。
悔むくらいならば残った時間も笑って過ごせばいいじゃないか。