惚れたのはほんの些細な、他者から見ればどうってことのない出来事だったのかもしれない。

フィフスセクターから送り込まれたとかいう都合上、あいつには良くない噂ばかりたっていたし、サッカー部を崩していくあいつの姿をこの目で見た事もある為か無意識のうちに私の中で『あいつ=悪い奴』というイメージが固まりつつあった。
見た目も結構怖いし、あの目で睨みつけられてはひとたまりもない。だから私は無意識のうちに避けていたのだと思う。
人間結局は見た目なのだと感じずにはいられなかった。

しかし、だ。

何と言うことだろうか、あいつはいつの間にかサッカー部に馴染んでいた。
そりゃもう信頼を置かれるレベルで人望も厚いのが目に見える程度に。
それでも私は何故だか腑に落ちなくて、やっぱり以前から持っているイメージを崩す事は出来なかった。
そんな時に担任からの頼みであいつにプリントを渡せと言われた。どうやら委員会の話が書いてあるらしく、なるべく早く渡してほしかったらしい。
私は溜息を堪えながら部活に行ってしまったあいつに届けて手渡した。

「…剣城」

「苗字、か」

あら意外、私の事覚えてたんだ。まぁ同じクラスだけれどもそういう事に関して興味を持っていなそうだったから驚いてしまった。

「わざわざ持ってきたのか」

「担任の頼みだったから、別に」

悪い奴のイメージの抜けないこいつ、剣城を見る事が出来なかった私が少しだけ上を向けばそこにあるのはいつもと違う柔らかな笑み。

「ありがとな」

張り詰めていない、穏やかなその声に不覚にもどきりとした。一瞬にして私のイメージは全てぶち壊されて塗り替えられる。
何もかもを丸ごと持ち去られてしまったような感覚にさえ陥っているような気がした。

前言撤回、こいつの笑った顔の破壊力は尋常じゃない。

塗りつぶしの破壊力

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