『ねぇ、知ってる?一番幸せなのは何も知らない事なんだって。』

テレビから聞こえる可愛げのある声がそうまるで諭すように言った。何とも残酷な言葉を言うのだろうと脳の片隅で思いながら、モニターを見つめた私はベッドから体を起して電源を落とす。
喉が異様に乾いているらしく、口の中がぱさぱさとしている。いたってシンプルな部屋のドアノブを捻って外へと出た。自動販売機は部屋から離れているのでやむを得ず歩くことになる。

気だるそうに歩いていると、曲がり角から数名の声がぽつりぽつりと零れて聞こえた。
その声を聞いて、私はどきりと胸を高鳴らせる。それが憧れであり、思いを馳せているのであればそうなるのも仕方のないことだろう。そうやって何処にもいない誰かに言い訳をした。

「……で、正直なとこ、エスカバは名前をどう思ってるワケ?」

「ぶっはっ!!…っ、お前なミストレ!いきなり聞いていい事と悪い事が……」

「何なにー?別にいいじゃん減るもんじゃないし。ねーバダップ?」

「俺はあまり興味がないがな」

どきり、どきり。むしろ冷や汗が伝いそうになる。ああ、テレビの言う通りじゃないか、『一番の幸せは何も知らない事』って。私はその場を動けずにいる。今歩くことができたら聞かなくて済む。わかってはいるのに実行できないのは何?聞きたいという思いと聞きたくないという思いが混ざり合うから?わからない、ぐちゃぐちゃになる、どうしよう、どうしたら、私は。

「……俺は、その」

耳を塞いだ。同時に私の姿がエスカバ君達に見つかった。今の私はこの世の終わりのような顔をしているでしょうか。涙で混ざる視界にエスカバ君が見える。慌てた様子で私の顔を拭ってくれた。途切れ途切れになる声が洩れる。
そんな中で「じゃーオレ達は退散っと。お二人とも、ごゆっくり!」なんてミストレ君の無邪気な声が響いた。この状況に似使わない声と言葉。

「え、…エスカバ君…あの、ミストレ君が言った言葉の、意味って」

そう涙でべたべたする顔を上げれば、手で顔を覆い隠したエスカバ君が「かっこ悪ぃ」とミストレ君への怒りを露わにしながら俯いた。
私はもしかすると知る事で幸せになれたんじゃないのかな…テレビの言葉を前言撤回した。


相反するのはいつだって背中合わせの選択肢

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