怖そうな人。それが私から見た財前くんの第一印象だった。

終始無言。聞こえるのはめくられたページが微かに擦れる音だけ。
そんな微かな音が聞こえるほどに私と財前くんは言葉を交わしてはいなかった。
財前くんは何も声に出さずに本をめくってはペンを走らせる行為を続けていた。
私もまた、彼と同じ動作を繰り返す。二人きりで委員会の発表に向けた原稿を作っていた。

まじまじと財前くんのほうを見る。
両耳にはいくつかの色とりどりなピアス。固く結ばれた口に少し長めの前髪。
艶やかな黒の短髪。綺麗な鼻筋。財前くんはとても整っていると改めて思った。
しかもテニスが上手くて、それでいて冷静。女の子たちが彼を追いかける理由も今なら理解できる気がした。

それでも私の中での印象は変わっていなかった。
実際、財前くんは毒舌だったし、けなされる事のほうが多いような気がする。
初めて会った時も睨みつけられてしまったし、ひょっとしたら私は嫌われてるのではないかと。

「……なん」
「え、あの、その…」
「さっきからずっと俺の方見てるやろ」

さっさと手ぇ動かし。財前くんはちらりと私を見てすぐに目をそらしてしまう。
ぶっきらぼうに怒られてしまった。集中してやらなくちゃいけないとは分かっているのに私は自然と財前くんを見てしまう。
そんな事をしていたら文字を書き間違えてしまった。
あ、どうしよう。そういえば消しゴムなくしてたんだ。ペンケースの中に消しゴムは存在しない。消せるものはない。

「痛っ、」

こつんと額に何かが当たった。そこまで柔らかくもなく、かといって固すぎず、というような感触。
思わず反射的に声を発してしまった。私の額に当たったであろうものが机の上に転がる。
消しゴム、だった。

「それ使ってええ」
「あ…ありがとう、財前くん」
「どうせなくしたんやろ、消しゴム」

なんでそれを知ってるんだろうか。疑問が浮かび上がっていく。
なくしたのに気付いたのは6時間目で誰にもなくしたことなんて言ってないのに。
私がきょとんとしていると財前くんがひとつ溜息をもらした。

「その消しゴム、苗字にやる」
「もらっちゃってもいいの?」
「別の消しゴムあるから構わん」

そう言葉を交わして、また無言の空間が出来上がる。不思議とその無言の空間さえもが心地よく感じた。
財前くんとこんなに会話が成立するとは思ってなかった。
彼を見る目が変わりました。この人は優しい。けれどなんで消しゴムがないこと、知ってるの?私の問いかけに財前くんはぽつりと漏らした。

「……苗字のこと、見てたからに決まってるやろ」

不覚にもときめいてしまった。

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