半分に減った資料の束を持って足を踏み入れたのは私の隣のクラスの教室だった。
確かこのクラスはオーガの人達が固まっていたような。曖昧な記憶を辿って思い出す。
バダップ、くんは何も声を発さずに教室へ入っていった。ここは彼のクラスなのだろう。
上の空だったのか、今度はつまづいてよろけた。また膝を打ちつけてしまったけれど今度は資料の束をぶちまけてしまう事はなかった。
しっかりと抱え込んでいたからだろうけれど。
本日二度目の打ちつけにさすがに膝が悲鳴を上げていた。真っ赤になってしまったそこは摩擦で擦れて血が滲んでいる。
バダップ…くんが驚いた目をこちらに向けていた。それもそのはず、彼は先ほど私が転んだのを見ていたから。

「あれ、バダップが女の子連れてるなんて珍しいね。どうかした?」

一番端の窓側の席に座っていた、女の子のような顔立ち(ご本人には言えないけれど)の、確かミストレーネ・カルスさんの声がした。
私は血の滲む膝を押さえながら立ち上がって軽く会釈をする。

「大丈夫か、膝」

バダップくんとも、カルスさんとも違う声が耳に届く。
私は咄嗟に「ごめんなさい!」と口にしてしまった。
いつもそうなのだ、私のこの体質のせいもあり、ごく単純な所で恥を晒してしまう。ましてやここは初めて入る教室。第一印象の大切さは理解しているのだが。
顔を上げた先に見えたのは、バダップくんとは正反対の黒。カルスさんは少し緑がかっている、モスグリーンを暗くした感じの黒だけど、彼は真っ黒に塗りつぶされたような、そんな感じだった。
彼は…エスカ・バメルさん。ああ、今私の目の前には改革派の三人が揃い踏みだ。
三人の放つ何かに私は何も言えず、ただ唾を飲む。息ができないというか、空気を支配してるというのが近い表現だろうか。
拍子抜けしてしまってかカクリと膝が折れる。今日は足の不幸日なんだと自己完結したけれど、伸びてきたバメルさんの手を素直にとって支えてもらった。

「エスカバ、お前は謝罪には行かなかったのか」

「っ、え…じゃあ、その、バメルさんのボールが?」

本人に目を向けると苦虫を潰したような、そんな表情で私の手を取っている右手に力が籠った。なんだか強張っているような感じの彼は少しだけ困惑している。

「そりゃ男だったら悪かったな程度で済むだろうけどよ…まぁ、その、悪かった。ケガはなかったか?」

「あ、はい。大した事はありませんでしたから心配しないでください。よくあることですし…それよりも、その、ありがとうございました」

深く頭を下げて声を出すと、バダップくんを除く二人はきょとんと目を丸くする。
何かおかしなこと、言ってしまっただろうか。そう自己嫌悪に駆られそうになったがバメルさんが「お前って抜けてるな」と笑った。

「だってわざわざ…私を医務室まで運んでくれたじゃないですか。……重かっただろうと思って」

「お前が考えてるほど柔じゃねーよ。俺が悪かったんだから礼なんか言うな」

「言っただろう、礼を言う事もないと。…それより医務室へ行ったらどうだ?膝の傷、消毒ぐらいしてもらうといい」

バダップくんの言葉で打ちつけていた両膝がじわじわと痛み出した。大した事はないけれど消毒だけはしてもらおう。
「エスカバ、付き添ってあげなよ」そんなカルスさんの言葉で私はバメルさんに強制的に医務室へ連れられた。離された手は温かさを保っていて、私はそれを押さえながら彼の背中を追いかける。


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