それはもう思いっきり舌打ちをした。廊下歩いてる奴ら全員が顔を青ざめていた(ような気がする)。
冷静になって考えればとてつもなく幼稚な思考だと思う。
ミストレの奴に言ったらバカだと笑われるかもしれねぇ、いや笑われる。
そのくらい腹が立った、気に食わなかった、うぜぇと思った。
自室に戻って服を乱雑に脱ぎ捨てる。
やり場のない怒りを抑えきれずに壁を殴った。鈍い音が一人きりの部屋に響く。

「っ、チックショ…」

なんで俺がこんなに振り回されてんだ。
それは俺があいつを好きだからであって、それが理由。
バダップの奴に嫉妬してしまったのは、名前の手を握っていたから、だ。

――お前も早く、したらどうだ。

バダップがそう言ってた。正確には声を出していないが。

「…言わなきゃ、わかんねぇもんな」

そう分かっているのに踏み出せないのは、どうしてだ。


そんなこんな考えているうちにどんどん日々は過ぎていく。
俺の事など無視して時間は進む。止めることなどできないのに止まってくれと願う。
本当に、つくづくバカだと思った。
俺が悩んでいる間、名前は本格的に指揮官としての道を決めてしまった。
高等部に進むのは同じでも会う機会は極端に減るのは目に見えていた。

相変わらずと言っていいのかバダップとミストレは同じ進路。
腐れ縁になりそうだと溜息をつくのと共に、密かに嬉しかったのかもしんねぇ。
柄じゃねぇけどあいつらとならやってけると思っているからだ。

気付けば冬も終わりに差し掛かり、春が来ようとしていた。
結局俺はまだ、名前に何も言っていないというのに春は目前だった。

「エスカバくん、エスカバくん!」

「何だよ、そんなはしゃいで…」

「桜、もうすぐ咲きそうですよ。ほら、蕾がいっぱいです!」

そういえば、こいつとちゃんと話すようになったのは桜が舞うような頃だったか。
あの時、こいつの不幸体質の所為とはいえど、ボールがぶつかっていなければこんな風に話す事さえままならなかったかもしれない。
それを考えれば名前の不幸体質は俺にとって都合のよすぎるものだったのかもしれない。

「これが咲く頃には、会える回数が少なくなってしまいますね」

「……そう、だな」

「私、ここ最近、前よりも強く思うようになった事があるんです」

――エスカバくんがいてくれたから私はこんなに前向きになれたって。
名前が笑う。俺の隣で笑いながら、俺の手を取って声に出す。
残されている時間は、残り数週間。
お前の中での俺の存在って何だ。お前にとって俺は何だろう、と。


「エスカバくんに会えて、本当に良かったって思うんです」

この存在を、ずっとそばにおくことができたらいいのに。


制限