名前の様子がおかしくなったのはエスカバが事故に遭ってからだろうか。
以前から己の不幸体質によってかなりの苦労をしてきた事は理解できる。
それによって人を信じる事を恐れている。
他人を不幸にさせまいと一人きりで過ごす日々に慣れているせいか他人とうまく接することができない。
前から知っていた事ではあるが、それが以前より悪化している傾向にある。

名前は自然と、俺やミストレと少し距離を置くようになっていた。
自分の不幸体質がエスカバを傷つけてしまったという考えに至ったからだろう。
まるで俺やミストレにまでそうさせまいと、防衛線を張るように。

俺やミストレはその防衛線を何度も破った。俺達は少しも動じなかった。
ただひたすらに、微妙に置いたその距離を破り続けた。

名前にとってエスカバが抜けた事による空白は大きいのだろうか。
エスカバの存在はそれまでに名前の中に浸食していっていたのだろうか。
……俺には、その代わりは務まりはしないのだろう。

「名前」

「どうかしましたか、パダップくん」

「命令だ。エスカバの様子を見に行け。直接会って確かめろ」

カシャンと。名前は手にしていたグラスを落とした。
その手は小刻みに震えていて、動揺を隠し切れていないのはすぐにわかる。
きっと名前は恐れているのだろう。
エスカバに拒絶される事、否定される事。
それは確かにあいつの恐怖のひとつとして浸透している。
「どうしてですか」と。俯いたままの名前は俺に問いかけてきた。

「そうでも言わないとお前は行かないだろうからな。
 ミストレから聞いた。病室には一度も入っていないんだろう?」

「……はい」

「いつまで逃げるつもりだ?お前は恐れるあまり真実を見逃している。
 エスカバがどう思っているかを知らないで、お前自身の憶測が真実であると思いこませているだけだ」

「――…なら、ならどうすればいいって言うんですか?
 エスカバくんはあんなに重傷を負いました!下手をすれば死んでしまっていました!!
 私がっ、私が殺そうとしたのと同じじゃないですか!それなのに、合わせる顔なんてっ」

初めてだった。こいつがこんなにも自分の感情を曝け出した。
泣きながら怒鳴り、叫んだ。
口下手な俺には何をしてやる事も出来ない。ただ頭を軽く叩いて撫でた。

「お前がエスカバを想ってるのはよくわかった。…感情に整理はまだついてないんだろうが、会って来い。
 何もしない後悔より、何かをして後悔したほうがいいんじゃないのか」

目を腫らし、俺を見る名前にそう諭す。
少しだけ意を決したような目をしてみせて一言、「エスカバくんに会いたいです」と。

ゆっくりとした足取りで病院へ向かうその背中に俺の中を渦巻く感情をぶつける意味はないと判断して。
俺の思いなど奥底にしまうべきなのだと、思った。


背中