右手がじわじわと痛む。ただ虚しい感情ばかりが渦巻いているだけ。

呼吸を、していた。生きていたのだ。
生温かい何かを感じて手の平を見ると、それは真っ赤に染まっていた。
けれど、どうして、どうして。

私が生きている原因はもうひとつの、呼吸。息遣い。
覆いかぶさるように、まるで私を守るかのように影を作るそれは、

「エスカバ、く…」

言葉を止めた。いや、止まってしまった。
手の平を染めた血は私のものではなくて、エスカバくんのもの。
つまりだ。エスカバくんは、私をかばってその身を傷つけたという事。
現に覆いかぶさる彼に力はなく。
鉄骨が彼の背中を潰していて、エスカバくんは動かない。
耳元で微かに聞こえる息遣いだけが彼の存在を確かなものにしてくれている。

「……んで、…避け、なかった……」

掠れている言葉。微かな息でやっと音にできているような声。
私を責めるようなその言葉は私の命を、確かめるように耳に届く。
とにかく救急車を呼ばなくてはならない。このままではエスカバくんは。

「話さ、ないでください…!お願いですから、そのまま、っ」

自分の右手は鉄骨によって折れてしまった。
左手が、エスカバくんの手に優しく包まれた。
エスカバくんの手は少しだけひやりと冷たくて、それが余計に不安を際立たせる。

「お前、が……嫌いだったら、こんな…こと……」

言葉が途切れる。

やめて、嫌。死なないで、死なないで。
私のせいであなたを苦しめるのは嫌なんだ。
生きてほしい。死なないで。
いつも通り「バカだな」って言って、私に手を差し伸べて。
死なないで。死なないで。

なんで、私みたいな人間の為に、あなたが犠牲になるのですか。

震える指先に神経を集中させる。
何度かのコール音の後に騒がしい音と他人の声が聞こえた。
頭の中はエスカバくんの事でいっぱいになってしまっていた。

「助け、て…」

その言葉を言うだけが精いっぱいで、意識が遠のいた。


犠牲