葬儀はひっそりと行われ、線香の匂いが運ばれた。きっと王牙はこの事実を揉み消してしまうのだろうと頭の片隅で思いながら俺はそれを見る。関係者でもない俺は呼ばれる事もないから木の上からこうして見守ることしかできなかった。
ナマエの親族は一人も来ない。…それもそうか、いないんだから。だからせめて俺だけでもと火葬されていくその煙を見つめていた。

バダップとミストレ、エスカバ…彼らはナマエを救う為にあの研究所へ足を踏み入れた。けれど三人の声は届く事なく、彼女の手によってその命を掻き消された。

『これは私の復讐なの』

そう語っていた彼女がきっと、あんな惨たらしい殺し方をしたのだと思う。思い出すだけでも吐き気が襲いかかってくる。ぐっと堪えてまばらになっていく喪服姿の人々の影を見下ろした。

考えても仕方のないことなんて理解していたけれど、俺がナマエを刺した時のあの笑顔が忘れられなく、脳裏にずっと残っている。

「…、俺に言ったくせにっ、王牙の思想を変えるって…言ったくせに!」

握り締めた服に皺が寄る。安らかに眠るあの表情。…あれで本当によかったのだろうか。ナマエが何かの柵から解放されたような感じがしたけれどあれは本当だったのだろうか。考えるだけ無意味だと自分に言い聞かせる。

「俺が君を殺した事は、間違ってなかったのかな……分からないよ…」

人の命を奪うとか、絶対にないことだと思っていた。自分とは無縁だと思っていた。仕方のないことだとかそういう一言で片づけていいのかな?
血のこびり付いたナイフを握り締める。あの時にナマエを刺したナイフ。
もしこの先、みんながこの悲劇があった事を忘れたとしても俺は、俺だけは絶対に忘れない。
ナマエを殺したのが俺なら覚えておかなくちゃいけない。絶対に…忘れない。けれど、俺は君に憑かれる事のないように。
ナイフを手から離す。落下する先には何もない。影が小さくなって消えて何も見えなくなる。

「さよなら、ナマエ。…俺はこれでよかったんだよね」

問いかけに答えが返ってくる事は二度と来ない。あの笑顔も何もかも、全部もうなくなった。虚無感しか残らない。涙が、出た。

『あなたは座る事は出来ませんでした。それもまた、あなたの選択によるなれの果てのこと。ひとつの結末なのですから。』

route.D:座れぬ王座