「あはっ、ひゃはははははっ!!」

乾いた笑い声は聞いた事のある声だった。血にまみれた研究所を不審に思い、足を踏み入れた事を後悔した。俺はただ、ナマエが気になっただけだ。腐臭と血の匂いが吐き気を誘う。俺は戦い慣れてるわけでもなく、踏んでしまった…ぐちゃぐちゃで眼球と臓器の飛び散る死体に耐える事は出来なかった。
込み上げた吐き気に誘われるまま、俺は吐き出してしまう。胃液で喉の奥が痛んでいるような気がした。口元を押さえながら一歩、もう一歩と足を進める。

「ぅ、あ…ナマエ…?」

目にしたその光景。生き地獄。血濡れた真紅。がたがたと、恐怖で自分の体が震えた。君に聞きたい、問いかけたい。そう思う思考とは裏腹に動く事の出来ない体、口、声。
壁に張り付く三人の影。まるでそれは、処刑されるイエスのように手を杭のようなもので打たれ、胸からは大量の血、抉れた腹部、片目から流れる赤。見覚えのあるそれは…手や足を食い千切られたように、ひとつ失っていた。

「――…う、え…っ!!」

止まらなくなる嘔吐感、耐えきれなくなって溢れる涙。足音がコツコツと近付く度に心臓が叫びを上げる。
逃げろ、逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。

「あーあ、だから言ってあげたのに」

バカだねぇ、だからお人好しは損するんだよ。
気だるそうに笑っているのは間違いなくナマエなのに。「ヒトじゃ、ない…」俺がぽつりと呟いた言葉を耳にしたのか、笑い声を上げた。俺の見てきたナマエは…想像も出来ない。

「教えてあげる!王牙はね、私みたいな生体兵器を作るシステムを開発したの!だからねぇ、」

これは私の復讐なの。囁かれて汗が噴き出す。膝の力が抜けてがくりと項垂れた。床に付いた手に何か固いものが当たる。ぽつりと何かが手のひらにぶつかった。それを出しているのは多分ナマエ。表情を崩すことなく君は泣いていた。
笑いながら何も言わずにいるのは、分かってほしいと縋るようで。俺は手にぶつかったナイフの柄を握り締める。俺は俯きながらナイフをナマエの胸に沈めた。
ずるりと力を失う体。涙を流すその姿はいつものままのナマエで。

「…よかった、君に…カノンに会えて…」

笑って目を閉じた彼女は、誰よりも安らかに眠るように見え、そして全てを終えた。

route.D:全ての終わり