「ここはっ、お前がナマエを追うべきだろーよ!」

「小隊に所属してる仲間の責任、隊長が取るもんじゃない?」

息を整え、背中合わせになったエスカバとミストレが俺に目を移す。被験者達に囲まれて息を呑む。俺は深く息を吸って一度だけ頷いてみせた。

「「いけぇええええええっ!!」」

飛びかかってきた被験者達と二人が叫ぶタイミングが重なった。俺はその声に合わせて足を踏み出し、走り抜ける。滑りこむように扉の向こうへ入り、ナマエが消えていった方へと駆け抜けた。進んだ先にはまるで待ち望んでいたというように仁王立ちしているナマエがいる。

「何、見捨ててきちゃったってわけ?」

「…お前は副作用から出来た人格か」

ナマエを返せ。一言そう呟いてみせるとナマエの影がケラケラと笑い出した。

「っはははははは!!私に勝てたら教えてあげる!」

その言葉を合図に、ナイフを手にしたナマエが俺を殺そうと地面を蹴り、向かってくる。俺は避けずにそのままナマエに押し倒された。
ナイフを首元に向けられる。ぷつりと皮膚が切れて鈍い痛みが走る。

「これで終わり…血祭りにして、っう!?」

余裕の笑みを浮かべていたナマエが急に腕を押さえて呻く。ナイフを握る手はまだ俺を殺そうと震えていた。

「どうして…バダップ」

先程の荒々しさや殺意の消えた、ナマエの声が耳に届く。不安と戸惑いで揺れる瞳も声も、全て簡単に壊せてしまいそうに思えた。

「避け、られたのに…殺せたのに…」

「お前を傷つけたくはない。…お前が殺したいのなら殺すといい」

俺が憎いんだろう?殺したいんだろう?そう問いかけるように口にすればナマエの表情は一層歪んでいく。
何かを望むように怒りを吐き散らし始める彼女は…不安定すぎた。

「あの時、死んでいたのなら…こんな思いしなくて済んだ!憎いよ、君が憎い!!私には信じる人も、信じられる人もいない!私は、っ…独りだから!」

「俺は…お前に信じてはもらえないのか」

「…っ、くくくっ…信じられないかだって?殺したいほどに憎いのに!」

振り上げられたナイフ。俺は静かに目を閉じた。数秒が経っても俺にナイフが振り下ろされる事はない。頬に感じる温かさは泣いているからだ。
酷く穏やかな表情で涙を流すナマエは笑みを浮かべる。腹部に、自分の振り上げたナイフを沈めて、笑っていた。
バダップ、と小さな声で名前を呼ばれた。唇にナマエの唇が微かに触れる。

「大、好き…」

崩れるように倒れたナマエの体を引き寄せる。冷たくなった色白の肌。一年前と重なるその姿。真っ白のシャツにこびり付いた鮮血は、映えて見えた。

route.A:信じる事、信じられる事