部屋に入ると目に付いたのは色とりどりの折り紙で作られた輪飾りと、白と赤とピンクの花のような飾り。
黙々と作業を進める後ろ姿はナマエだった。テーブルに置いてあるお茶が落ちてしまいそうだったから少し離れた所に置き直す。顔を上げた彼女は少し驚いた表情をする。オレが作りかけの飾りを手にしたからだろう。
隣に腰掛けて「言ってくれれば手伝うのに」と文句を言えば、「だってお相手に忙しそうだったんだもん」と皮肉を返された。
たくさんの飾りは子供たちに用意しているもの。今回のリーダーはバダップの判断でナマエという事になったらしく、一人で準備を進めていたらしい。

「この量、一人で?」

「途中まではバダップが手伝ってくれたんだけど。…ミストレって手先器用だね」

「まぁ多少はね」

一時間くらい手伝った頃だろうか、ナマエの手から作りかけの花が落ちた。傾く体はオレの肩を支えにする。小さな寝息が伝わって、顔を覗けば目元にクマ。

「……昔から、バカだ」

すぐ殴ったりするし、怒ると頑固だけど責任感だけは強くて。いつも、一人で先に行きすぎる。
一年前、ナマエを助けた時のあの言葉、あの表情。オレは忘れてないのに、本人は何も覚えていなくて。

『何の為の、生なのかな。誰か、私を』

前にエスカバの言葉をさえぎったのも知らないほうがいいと判断したからだ。
大きすぎる精神的ショックによる記憶の喪失。多分それで忘れられてしまった。
――…幼い頃、オレとナマエは既に知りあっていた事。約束をしたこと。
鮮明に、オレだけが覚えているのに。

『絶対、強くなるから。そうしたら…』

…そこで思考を止める。思い返したところで何の意味もない。溜息を吐いてナマエに目を向ける。心底安堵した顔。何も疑っていない表情。オレだって男なのに、そう思われてないんだなぁ。襲う気にもなれないっての。
小さく上下を繰り返す方から伝わる温度が心地よかった。

「覚えていてくれれば、よかったのに」

そんな言葉、意識のある本人の前では絶対に言えるわけないよ。

忘却の約束、覚えていますか