大好きな場所がある。ひいじいちゃんが鉄塔が好きだったように、俺にも好きな場所がある。
だだっ広い丘の上なんだけどそこからは街のすべてを見下ろせるような気がした。以前は何もなかったその丘には小さな病院がひっそりと建てられた。患者さんにとってもこの景色はいいものだと思った。
気分転換に今日もその丘に足を急がせる。夕日が沈んでしまう。丘から見る夕日が好きだから。
階段を急いで上りきると、見覚えのない車椅子が目に付いた。けれど、乗っている人には見覚えがある。
それは、とてつもなく痛々しく目に映る。何も感じていないかのようなうつろな瞳がこちらを向いてゆらりと揺れた。
俺の存在を認識した彼女は薄く口を開き、はっきりとした聞こえやすい声色を響かせた。

「円堂、カノン?」

覚えててくれたんだ!そうやって、正直に喜びたかった。今目の前にいる彼女が車椅子に乗っていなければ。

「その傷は…?」

名前も知りはしなかった。呼ぶ事も叶わなかった。こうして声をかける事が自分にできる精一杯な事だった。

「…ナマエ。ナマエ・ミョウジ。私の名前」

俺を見て、口元にうっすらと笑みを浮かべて、傷に視線を落とす。そして自嘲気味な声を出した。

「……これが王牙の処罰。腕と足は折れた。…驚く、よね」

「こんな、酷く…?」

「ううん、私なんかまだマシ。バダップ達が重傷で…だけど、これがもし大人だとしたら最悪のケースになる可能性は否定できない」

おまけに処罰の事実を揉み消す為に管理外の病院に強制送還、怪我が完治するまではずっとここにいる。その方がいいけどね。そう言った彼女は動かない手足を、かすり傷でぼろぼろになった肌を見回す。その目はとても悲しそうで、それでも何かを成し遂げたというような表情で、俺にはよく理解できなかった。

「王牙学園から離れようって思わないの」

「…離れない。君の曽祖父から教えてもらったから。私の意思で腐敗した王牙の理想の根源をどうにかしないと」

止めたって無駄だと言い聞かされているような気もした。それくらいナマエの声には強い意志が込められているように聞こえたのだ。それ以上、俺は何も聞く事も出来なかったし、聞こうとも思わなかった。ただ、ひとつだけ言いたい事があった。

「変われるといいね。…いや、絶対変わる」

それを耳にした彼女は驚いたのか目を丸くした。そうして数秒後、口を開く。あの円堂守の曾孫が言うんじゃ、心強いね。そう言ったナマエの笑顔は初めて見た心の底からの笑顔かな、なんて少し思った。

言葉の意思を貫き通す為