私の家までは電車を使わなければ帰る事は出来ない。家に忘れてきてしまった荷物を取りに行かなくちゃならなかったけど試合まであと少し、最後まで仕事したくて結局夜まで残ってしまった。お母さんに頼んでおけばよかったのだけどちょうど出張に行くと連絡も入っていたし、お父さんは単身赴任中。自分で取りに行くしかなくなってしまって私は駅へと足を進めた。

不動君が私が出ていくのをちょうど見てついていくと言ってくれた。
(明日に響くからと断ったけど、一度言ったら不動君は折れてくれないし)
駅までの道はお店が並んでいて照明代わりになっているからとても明るい。帰ってくる頃には暗くなっているかもしれないけれど大丈夫。

不動君と駅の改札へ着いた頃には次の電車がちょうど終電だったようだ。すぐに取りに行けば稲妻町まで戻ってくる事も出来るはず。切符を買って前を向いたら見慣れた人と、知らない人の、

「っ、あ」

急いで口を塞いだ。見られたくない、気付かれたくない。涙が出そうになって違う方に目をそらした。どうして忘れようと思っていた頃になって目の前にいるんだろう。

「…!おい苗字、っ」

焦ったような不動君の声が聞こえた。口を押さえていた手を引かれて私は不動君に引き寄せられた。ほんのりと、温かいその感触は口元からした。不動君のが、触れていた。終電が到着してアナウンスがかかる。私はそれを呆然と聞き流した。出発するまでの長い間、重なり続けた唇は熱くて、荷物の事などどうでもよくなってしまったのは紛れもない事実だ。