お世辞にも綺麗とは言えない湖。ロマンチックの欠片もない濁り様。ボートに乗り込んだわたしたちは、2人向き合って座りながら中心まで向かう。
「デートみたいだね!」
「…こんな臭い湖でデートなんて俺はまっぴら御免だな」
「なんて言いつつちょっとは嬉しいくせ…に……え、レオン?な、なに…」
突然何の前触れもなくレオンにじっと見つめられ、驚いたわたしは言葉を失った。少しずつ少しずつ近付いてくるレオンの顔に、速まる鼓動。それにしても近くで見れば見る程、端正な顔立ちに息をのんでしまう。心なしか焦点が合わない気もするけれど、レオンの整った顔を直視出来なかったわたしがそれに気付けるはずもなく。
遣り場のない視線を宙で泳がせていると、今度は腕を掴まれた。心臓が飛び跳ねる。
(!?)
わたしも乙女思考故、もしかしてキスされてしまうかも?なんて妄想さえ脳裏を過ぎったりする訳で。けれどそんな淡い期待を胸に目を瞑ったものの、何時になっても唇に何かが触れることはなかった。寧ろ唇ではなく、腕の傷口に何かが触れた気がしてうっすら片目を開ける。
「……レオン?!」
なんとレオンはわたしのシャツの袖をまくり上げ、腕の傷口にそっと舌を這わせていたのだ。
「怪我したら一言言え」
「う…うん、てゆかなんで舐めっ…ぬぬわわ…」
「悪いな、今は消毒するものを持ち合わせてない。これで我慢してくれ」
「えっえっ…」
「唾液には殺菌作用をもつ物質や、免疫にかかわる抗体が含まれている」
(…それは、確かに聞いたことがあったけれど)
「き、汚いし!」
「問題無い」
レオンの舌が触れた部分からどんどん、熱が帯びていく気がする。心臓は破裂しそうなくらいばくばくしているし、耳や顔は火傷してしまいそうなくらいに熱い。どうすることも出来ず、わたしは大人しく傷口を舐めてもらった。
(…緊張して変な汗出そう)
それにしても湖のど真ん中なう、である。今更だけどとてつもなく恥ずかしいことに気が付いた。それにしても少女漫画以外でこんな光景をお目にかかることは出来ないと思っていたから、目の前で起きていることが尚更信じられない。
「これでいいだろう」
「あ、ありがとう…」
「礼には及ばない」
解放されたはずの腕。傷口の痛みはいつの間にか消えていたけれど、そのかわりに熱くなっていく。わたしは深呼吸をしてから、そっとカーディガンを羽織った。一方レオンは涼しげな顔をして銛を1本掴み、目を細めながら遠くの方を見る。水面に巨大な影がゆらりと映った。