08 エア・ガーネット 

ブレンダ達と共に船へ帰ったヒスイら一行は、甲板に出るや否や「この国を乗っ取る」と宣言した。
「ちょ、それじゃあ私たちが悪者みたいじゃん!」
「海賊は悪者だろ」
キッドの言い草にヒスイが憤慨したが、たしかに海賊は、世間一般で言う"悪者"だ。
海軍らは海賊と名乗る者はすべて"悪い人"だと新聞で報告するし、事実でもあるのだが、ヒスイにはどうもこの一件だけは"海賊は悪者だ"の一言でくくれないような気がした。

「で、仮にこの国を乗っ取ったとして。誰が王になるんだ?」

「国を乗っ取るってよ!」「うひょー!初体験だぜ!」などとバカ騒ぎしてる横で、キラーが冷静に質問した。
「あァ、簡単なことだ。この国の王は女らしいからな、この船に乗ってる女と言えば誰だ?」
「「「「「んヒスイさんでーーーす!!!」」」」」
「そういうことだ」

船員達は一斉にビュシッ!と親指を立ててキメポーズをしたが、キラーは腑に落ちない様子で顎に手を当てた。

「その様子を見るとお前達は別段疑問があるわけではなさそうだが、キッド、お前はそれでいいのか?この船の船長だろう」
普通は乗っ取った国の王にもなるんじゃないのか、とキラーが聞くと、キッドはニヤけていた顔を余計に歪ませて言った。

「俺を一般論で括るなよ。たしかに頭にババロアでも詰まってるような連中は素直にそうしたかもしれねぇが、俺は違う。俺にはそれ以上に目指すべきモノがある、そんな欲に素直になってる場合じゃねぇんだ。そんな俺が面倒を見れるのは馬鹿みてぇに素直なテメェ等だけだ。よく知りもしねぇ国民とやらを相手にしてる暇があんなら、俺は最果てのワンピースを目指して日々精進してるぜ」

キッドが言い切ると、辺りはシーンとした直後、ウオオオオと沸いた。
「頭ァ!一生ついてくぜ!!」「俺は感動した!」「ちょっと姐さんが可哀想だがしゃあねー、女王とやらを引き継いでくれ!」
キラーも「なるほど。キッドらしい。では俺は戦闘に備えて武器を取ってこよう。お前達も準備しておけよ」と納得した様子で、船員たちを引率して船内に入っていった。
その様子に後ろにいたブレンダ達は唖然とし、キッド海賊団を見つめていた。なんだよ、話に聞いていた海賊とは全然違うじゃないか、と誰かが声を漏らした。

「オイオイ、誰にどんな話を聞いたかなんて知らねぇがな、たぶんそいつァ正しいぜ」
「え?」
キッドはニヤニヤしていた顔を少しだけ引き締めながら、ブレンダにそう声をかけた。

「海賊ってのは昔からいたんだ。それも大量にな。その大量の中から答えを出したんだ、大概が合ってるもんさ。大方、"欲望に素直な奴等"だの"自重しない馬鹿"ってな感じで聞いたんだろ?全くその通りだぜ。コイツらも俺も、あるひとつの事に向かって突き進んでるんだ」
俺はワンピースに、コイツ等は俺に付いてくることにな。とキッドは締めくくったが、ふとヒスイの方を振り向いた。
「ただ、コイツは例外だな。ルーツがどうであれ、ヒスイの生まれた場所は"向こう"だ。家へ帰るために、俺と最果てまで行くって誓ったんだ」
「ヒスイ殿…」

ブレンダはヒスイをじっと見つめた。ヒスイはそれに気づき、苦笑しながら肩をすくめて言った。
「私の故郷は"あっち"だよ。生まれたのも、育ったのもね。けど、"こちら"に先代のやり残したものがあるなら、その責任は果たすべきだと思ってる。なんたって、私がこの国の初代女王の子孫なんだからね」

ヒスイが言い終わった瞬間、後ろからゴトゴトゴトッ!と凄まじい音がした。何事かと振り向けば、そこには武器を取りに行ったキラーと、船員達が…。

「ね、姐さんは…王女様だったんすか…?」「姐さんじゃなくて、王女様…?」「王女様!」「王女様!!」「王女様だァ!!」「おめぇら頭が高ェぞ!跪けェ!!」「テメェもだろ!?」

一気に騒がしくなった甲板。それまで唖然としていたブレンダ達も、次第に笑顔になっていき、終いには「王女様、今後のガーネット王国をよろしくお願いいたします」などと頭を下げられてしまった。

「あのねーあんた等、まだ気が早すぎるよ…今はその王女様を狙って、国の兵隊が攻めて来てるんだよ?」
ホラ。そう言ってヒスイが指を差した先には、遠くの方で小さな影の集団がウオオオオと声をあげて行進していた。

「何でィ、戦略も何もなしかよ」「つまんねぇなー」と船員が声を漏らしたが、ブレンダ達は顔を青くして顔をブンブンと横に思い切り振っていた。
「油断してはいけない!よく見ると彼等は我が国の一等兵ばかりだ!あらゆる訓練に耐え、鍛えぬいた彼等にそのように油断していては…」
彼女は必死になって訴えていたが、キッドがブレンダの言うことを遮った。「あのな、」

「たった一国の兵が、この俺の船員に敵わないと?それはねェよ。お前等が最強だの何だの言おうが、それはただの井の中の蛙だ。俺たちは海を越えてここまでやってきたんだぜ?侮られちゃ困るな」
「でも、こちらが少々不利なのには変わりない。彼等兵士をなくしたら、私が女王に即位した時に戦力がほぼ無い状態になってしまう。なるべく殺傷力の無い武器でフルボッコにしなきゃ」
「あァ。やつらだって男だ、ボコボコにされちゃあプライドが許さなねェからな、これまで以上に鍛錬をしていくだろう。だが綺麗な向上心を植えつけるためには、死者を追悼させる訳にはいかねぇ。鍛錬に集中するどころか一揆が起こっちまう。そのためにも奴等の生存は必要不可欠だ、こちらは手加減をした上でボッコボコにする必要がある」
「ちがいない。ならサーベルよりもヌンチャク、トンファー、警棒などの棒類武器の方がボコせるな」

「先ほどからボコボコだのフルボッコだの…っ!」
彼等の戦闘力に慄いた私たちの格好がつかないじゃないか!!とブレンダが叫んだが、顔は笑っていた。これは私たちの強さを信用してくれたと見ていいだろう。

「では、キッド率いるムサい男共はかるーく彼等の相手をしてもらおう。私はあの城に乗り込んで現女王を討つから、あなた達には道案内をお願いしたい」
ブレンダ達を見据えてヒスイが言えば、彼女等もヒスイを見返してバッと敬礼し、
「「「Yes,Sir!!」」」
と返した。

気が付けば、もうすぐそこに兵たちは迫っていた。キッド海賊団の船員達も戦闘体制をとり、船に上がらせまいと先陣が降りていった。その中にヒスイたちも紛れ込む。

「オイ、ヒスイ!」
襲い掛かってきた兵のひとりを蹴飛ばしたところで、キッドがヒスイを呼び止めた。

「死ぬなよ」

その命令ともとれる言葉に、ヒスイはフッと口元を緩ませてから、
「Yes,Sir」と小声で返した。


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