くらい穴5

出会ってからまだほんの僅かだったが、みつきにとって幸村はなくてはならない存在になっていた。
彼が隣にいるとなにもかもが輝いて見える。今まで生きていた世界はなんて無味だったのだろうか。世界はなんて素晴らしいものだったのか。
過去とも違うどこか知らない世界から来た幸村は自分に新しい世界を見せてくれる。
そんな彼にずっと隣にいて欲しいという思いを抱くのは当たり前の事だった。

そしてその気持ちは時間と共に熟成され、形を変えてゆく。
いつしかみつきは幸村を『欲しい』と思った。
隣にいてくれるだけでは満足できない。もっともっと近づきたい。ずっと自分だけ見ていて欲しい。
生まれて初めてこんな気持ちを抱くので、これがなんだかは分からない。
幸村が楽しそうに昔の場所の事を語るのが嫌だ、と思ったのがきっかけだったかもしれない。
特に懐かしそうに目を細めて話す、武田信玄と猿飛佐助、伊達政宗が憎くなるほど嫌いになった。
今まで何度となく教科書や本で読んだ歴史上の人物にこんな思いを抱く時がくるなんて、と思いながらもその思いは止められなかった。
みつきの無表情に幸村の鈍感さが相まり幸村の思い出話は跡を絶つことなく、誰も気付く事はなかったがみつきの精神は一時期荒れに荒れ、いっそ耳をつぶしてしまおうかとまで思いつめた。
それでも季節が巡る毎に、だんだんと幸村が戦国の時代の事を語ることは少なくなってきた。
最近は学食のプリンに夢中らしく、いつもプリンのカラメルの比率の話をしている。
瞳をきらきらとしながらプリンについて語る幸村を見るみつきの瞳はツンと澄ましているが、その奥はじんわりと優しい独占欲が満ち満ちている。
調理場の責任者にレシピを聞いて幸村に作ってあげよう。料理なんてした事ないけど、練習すれば自分にだって作れるはずだ。・・・そう、過去よりも未来だ。これから二人でたくさん思い出を作ればいい。
戻れない過去よりも、これからをどう二人で作っていくか、そういう考え方が今の自分には必要だ。

そう、思っていたのに。
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