くらい穴4

きょとんとした顔をしていた幸村は、服を剥かれ、縛られ、大柄な男に押し倒されたみつきを視界に入れた瞬間、またたく間にさっそうと男たちの手からみつきを救い出した。

「大丈夫でござるか?」

低い呻き声が響く屍累々の狭く薄暗い体育用具倉庫には、暴れた余韻でたくさんのほこりが舞い上がっていた。
小さな窓から差し込む日差しがその舞い上がったほこりをチリチリと光らせる。
みつきはそれをかつてないほど美しいと思った。
特に光り輝く視界の中心にいる、自分を心配そうに見つめる着物の男から目が離せない。
危険から、いやそれ以上の何かから救ってくれた。もうダメだと、男に犯されるという自分の根底が変わってしまう恐怖のどん底から、この人は自分を救い上げてくれた。
自分の手を引く大きな熱い手、自分の瞳を覗き込むまっすぐでゆるぎない視線は、みつきの皮膚から目から何か熱いものをどくどくと流し込み、胸の奥いっぱいに溜め込まれてゆく。

「・・・名前、教えて」

声が震えるなんて初めての事だ。自分から名を聞くのも手を伸ばすのも。
目の前の人からは恐怖は感じられないというのに、不思議と動悸が激しくなり、息が荒くなり、顔が熱くなる。
この人は誰なのか、締め切られたこの部屋にどうやって入ってきたのか、どうしてそんなに強いのか、なんでこんなに自分の胸を熱くさせるのか。
聞きたいことがたくさんある。そう、もっと声を聞きたい、自分の名前を呼ぶ声も聞きたい。
しかし幸村には、みつきはうっすらと涙をたたえているもののまったくの無表情で、急に現れた自分を不審者と見て名前を質しているようにしか見えず、どうその誤解を解こうかと唾を飲み込みなかなか言葉を発することができなかった。


そうしてたどたどしくお互いの自己紹介が終わり、みつきは自分を襲い幸村に返り討ちにされた数人の重傷者の怪我を祖父に頼んでなかったことにしてもらうのと同時に、戦国時代から来たという幸村の学園への受け入れを土下座をして希った。
豊かな白髭を蓄えた祖父はそんなみつきに驚倒し、やっと何事にも無関心だったみつきが何かを欲する事ができたのだとそれをとても喜んだ。
とんとんと幸村の編入の話は進み、寮の部屋ももちろん同室になった。
現代の事を何もわからない幸村に手取り足取り色々な事を教えるのは楽しくて、みつきは必死に動かしなれていない口を動かし幸村にあれやこれやと説明する。

「幸村、ボタン掛け間違ってる」
「ぬ・・・みつき殿、面目ない・・・」
「『殿』はいらない。幸村、ネクタイも曲がってる」
「ねくたい?ああ、この布のことか!某、何度聞いても結び方がわからず・・・む、ぬ、ん?」
「・・・ちょっと貸して。・・・こうしておいて、次からはこの結び目をほどかないで、ここに頭を入れて、こう、ほら」
「おお!これはなんと便利な!みつきど・・・、みつき、ありがとう」

白い歯を見せながら満面の笑顔を浮かべた幸村に、みつきの目元が少しだけまぶしそうに顰められる。
陽を背負っているのはみつきのほうだというのに何をそんなに眩しがるのだろうか、と幸村は不思議に思ったが、後々それはみつきの不器用な、精一杯の笑顔の表現だと知って、幸村は不器用すぎるみつきをたまらなく愛おしいと思うようになった。
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