しばしの睨み合いの後、最初に口を開いたのはみつきだった。
「・・・・・・なに」
「あはー、怖い顔ー。掃除したんだから褒めてくれてもいいじゃない」
「・・・別に怒ってない。・・・いいものって何」
言いながらみつきは自分の頬に手で触れる。
表情は変わっていない。いつも通りだ。なのに、先生にはどうして怖い顔に見えるのか。
自分が怒っているのを読心術で読んだのか。・・・いや、今、自分は怒っていない。・・・怒っているというより、
「何焦ってんのさ」
耳元で低く囁かれ、みつきは今度こそ隠しようがないほどビクリと大きく体を揺らした。
そうだ、焦りだ。
表情に出ていないのに、顔を隠しているのに、読心術で自分の感情が分かってしまうほどに先生は優れた忍者で、本当に屋根裏に入り込んでこの学園のすみずみまで何があるのか確かめたのだろう。
・・・その途中に、幸村と自分の教室を覗いても不思議ではない。それがあの時の放課後だとしても。
「みつきちゃんも大胆だよねー、誰が来るかわかんない所であんなコトしちゃうとか」
「なにを、」
立ち上がりたいが足を掴まれていて動けない。
足首を掴んでいたはずの佐助の手は、いつの間にか筋肉の薄いふくらはぎを撫で擦っている。
「・・・細い足。男の子なのに綺麗だね」
幸村にも同じ事を言われ、幸村のばか、と思いながらも少し嬉しかったその台詞が、今は嫌な気分しか感じない。
「・・・先生、離して」
「筋肉も薄くて、すべすべだし。・・・ねぇみつきちゃん、これで旦那の事も誑し込んだの?」
かさつく大きな手が膝の裏に回り、腿を上がってくる。
その行動と発言に我慢が出来なくなり、目の前でにやついている顔を蹴り飛ばしてやろうと足に力を込めるが、すかさず佐助は足の間に体を入れてぎゅうと腿を掴みこんでくる。
「みつきちゃんが転んだ所、見てたぜ?あそこからずっと旦那に肩借りて、マラ硬くしてたんだろ?」
「なっ・・・!」
掴みこまれた腿から再び硬い手がじりじりと這い上がり、内股にかかった親指がショートパンツの裾から忍び込んでくる。
今まで誰にも触れられた事のない際どい部分に他人の熱を感じ、みつきは反射的に足を閉じるが股に潜り込んでいる佐助の体を挟んでしまうだけだ。
「や、だ、」
「何?みつきちゃん、今度は怖い?・・・はは、その顔、すごく色っぽいぜ・・・?」
今、みつきの心にあるのは好き勝手言われた為の怒りと、それを上回る恐怖だ。
誰が見てもみつきが恐怖を感じている事が分かるだろう、小さく震え、泣きボクロを歪ませているその顔は佐助の腹の奥を疼かせる。
「ねぇ、旦那は知ってるの?みつきちゃんが旦那の席であんなイヤラシイ事してるってさ」
そのまま泣いてしまうか、と思われたみつきだが、嘲笑を含んだ佐助の低い声に涙を浮かべた瞳をキリリと釣り上げると丸椅子の端を握っていた手を振り上げた。
「あれ?そんな事していいの?俺様、旦那に言っちゃおうかなぁー」
みつきちゃんが旦那の席であんあん鳴いてマラしごいてたって。
佐助の笑いを含んだ低い、囁くような声を聞き、勢いよく振り下ろす準備のできていた手をみつきはビクリと宙で止まってしまった。
その顔を見て、佐助は屋根裏から盗み聞いた「五十鈴みつきは綺麗な顔をしているが、感情のないロボットだ」という言葉を思い出していた。
『ろぼっと』とはカラクリ人形の事らしいが、これのどこが感情のないカラクリなのだろうかと思う。
いつもの無表情さはかけらもなく、今にも泣いてしまいそうに眉を寄せ、小さく唇を震わせている。
瞳は激しい絶望と恐怖に満ちていて、うっすらと溜まった涙で潤んでいるのがひどく嗜虐心をそそるのだ。
「んー、みつきちゃん、その顔たまんない・・・」
佐助は場違いなほどにうっとりをした声を出し、ほう、と満足げなため息を吐きながら、久しく感じていなかった欲情が、腹の奥からじわじわと自分の理性を炙るのを心地よく感じていた。
それがまたみつきには薄気味悪く感じられ、自分はなんという最悪な場面を、最悪な人間に見られてしまったのだろうか、と顔を顰めると益々佐助の笑みは深くなっていく。
そして上げっぱなしのみつきの腕をとると、佐助は軽々とみつきを持ち上げて衝立があり入り口から見えない、奥のベッドへと足を向ける。
「っ、やだ、離して、っ、はな、せっ!」
「ふふ、みつきちゃん、みぃちゃん、かわいい。ねぇ、俺様の前でもしごいて見せてよ」
ドン、と固いベッドに落とされ背中に走った痛みに呻いている内に、「あは、みつきちゃんのそういう顔もかわいい。・・・なんだか俺様、ものすごくみぃちゃんの事イジメたい気分になっちゃった」と佐助がみつきの上に乗りあがってくる。
見上げた佐助の顔は逆光で表情は良く見えなかったが、みつきにはにんまりと弧を描いている佐助の笑顔がありありと思い描け、不意に体育用具倉庫で男達に襲われた時の事を思い出した。
あの時以来、幸村がずっと自分のそばにいて自分を守ってくれていた。あんな事はもう二度とない、絶対にさせはせぬ、と自分を慰めてくれた。
『幸村、ゆきむら・・・ッ!』
自分に伸びてくる大きな手から必死に顔を逸らし、心うちで幸村の名前を呼び叫ぶ事しかみつきには出来なかった。