「さっきは旦那に抱えられてきたのに・・・」
扉の前でとほほと首を項垂れる佐助を尻目に、みつきは無言で戸棚の中をいじる。
「ああ、俺様の仕事だからみつきちゃんはそこに座ってなさいって」
さっきまで離れた扉にいたと思ったのにいつの間に後ろに立っていたのか、ぽん、と肩を叩かれ椅子に座らされる。
ひょいひょい、と消毒液と脱脂綿を片手に持ち足元に跪かれ、今まで見上げていた橙色の頭頂部を見下ろすのは不思議な気分だ。とみつきは内心ひとりごちた。
「ありゃー、また酷く擦ったねぇ・・・。ん、でもこれくらいなら痕残らないでしょ」
今の時代の医術も薬もすごいもんね、と佐助はみつきの足を取り、跪いている自分の腿に乗せる。
人の体に足を乗せるなんて初めてのことで、足の裏から伝わる佐助の体温に落ちつかなそうにみつきは何度も椅子に座り直した。
・・・あまり人と二人っきりになった事などないせいもある。
さっきまで感じていた幸村との無言の時間と違い、最初に出会った時以外は碌に話もしていない佐助に未だ慣れていないせいか、この沈黙は居心地が悪い。
「・・・もう、こっちに慣れた?」
幸村と同じで行くあてのない佐助をこの学園に置いてやる事は自然な流れだった。
この世界の事を何も分からないなら事情を知っているみつきの傍にいたほうがやりやすい。が、しかしいくらなんでも生徒としては佐助の外見が言い訳をきかなかったのだ。
忍として幾つもの戦場を生き抜いてきた体付きも、顔つきも十七、八の子供のものではない。
しかたなく半ば無理やりに養護教諭の枠に押し込み、こうしてたまに来る生徒の怪我や病気を見てもらっている。
「まぁまぁってとこかな?いやー、しかし平和で体なまっちゃってなまっちゃって」
はは、と肩をぐりぐりと回し佐助は苦笑を浮かべる。
もしもこの学園に女生徒がいたならば、大いに人気が出ただろうという見目の良さだ。
だが、みつきはその笑顔に先ほどからずっと感じていた違和感を益々強くさせた。
「・・・?・・・先生、なんか先生らしくない」
「そりゃね、俺様『センセイ』じゃないから。優秀な忍だぜー?」
そうして佐助はどうやっているのか、みつきの赤く染まった膝に、薬がしみないように優しくぽんぽんと消毒液を含ませた脱脂綿を叩いてゆく。
「違う、そうじゃない、そうじゃなくて」
ん、とみつきは佐助を見下ろしじっと目を細める。
佐助もつられてじっとみつきを見返し、必死に頭を動かしているせいだろうか、ツンと突き出された唇が何かを強請っているようだと目を引かれる。
「・・・ああ、白衣着てないから。その格好だと先生に見えない。渡した荷物に入ってたと思うけど」
「あー・・・、アレね。いや、やっぱり俺様忍だからさー、ああいう白い服ってちょっと合わなくて・・・」
本来の『ヨウゴキョウユ』とは忙しそうなのだが、飛び入りで何も分からない自分はこういったたまの来客の相手をしていればいいといいつかった。
それに甘えて大体の時間を屋根裏を使って飛び回り、元の世界に戻る情報を探す事に時間をつぶしているのですぐに汚れる白い服は着たくないし、だいたい白い色は余り好きでもない。
そういえば、と何かを考える顔つきになった佐助に、本当は他人の服装なんてどうでもいいのだが、会話の種が出来たからかみつきはしつこく食い下がる。
「今、忍とかは関係ないと思う」
「そうかなー?屋根裏、俺様お掃除してあげたしー、色んな発見もあるしー・・・」
ふふ、と形の良い唇を長い人差し指で一撫でし、佐助は思わせぶりな視線をみつきに投げかける。
「そうそう、すっーごくイイモノ見れちゃうしー」
佐助が『いいもの』と口にした瞬間、ぐ、と部屋の空気が重くなったのをみつきは感じた。
何事だ、と佐助の顔を見返すと、先ほどまでと変わりない笑顔をしているが三日月の形をした目元にも口元にも、言いようのないプレッシャーを感じる。
背もたれのない丸椅子なのに思わず後ずさりすると、治療をされていた足首をぎゅうと固い手で掴まれ、背筋にぞくりと怖気が走った。
「みつきちゃん、どうしたの?落ちちゃうぜ?」と笑い声で言われるが、その低い声からも足に絡みつく大きな手のひらからも、みつきの腹の奥をぞわぞわと落ち着かなくさせる何かがにじみ出ており、みつきはなぜだか乾いてしまう口内に、ごくりと唾を飲み込んだ。