狭い部屋1

「慶次さんっ待って、待ってくださいっ!」

慶次とまことは気まずい雰囲気のまま街を歩いていた。
先ほどまではまことがどんなに恥ずかしがっても「こんだけ人がいりゃ誰も見てないって!」と言って指を絡ませあって手を繋ぎ、ぐいぐい引っ張ってくれていたのに、今の慶次は手も繋がずまことを振り返りもせずに、どんどん一人で先に進んでしまう。

「慶次さん、けいじさんっ!」

休日の街は人が多く、小柄なまことはすぐに人に埋もれてしまう。周りの人よりも頭一つ分背の高い慶次のポニーテールを目印に、まことは必死に人波をかき分けるがぐいぐいと離されていってしまった。

「慶次さ...ふぇ...」

本当に馬の尻尾みたいに揺れていた髪がとうとうまことの視界から見えなくなってしまい、力なく足を止めたまことは人波から押し出され古い雑居ビルの軒下に追いやられる。
慶次さんは一体どうしてしまったのだろうか、自分は何かしてしまったのだろうか。
今まで何回も一緒に町を歩いたり遊びに行ったりしたが、こんな事は初めてだった。
ざわざわとした雑踏の中から楽し気な笑い声が響いてきて、まことはわけもわからずに見たことのない場所に一人置いていかれたショックと寂しさで、その大きな目にじわりと涙をにじませた。

「けいじさっ、っく、ひぃ、けいじさん、どこぉ、うっ、けいじさぁん...」

ビルの陰に入り込み、小さく蹲るとまことはその桃色の膝小僧にぽろぽろと涙を零した。
ひっくひっくとまるで子供のように泣いているまことを遠巻きに数人の男たちが注視している事など気付きもせず、まことは小声で慶次の名前を呼び続けた。



とのくらい泣いただろうか。
膝に顔を埋めていたまことに、影がかかった。

「っ!けいじさんっ!」

目を輝かせ、ガバッと頭を上げると見知らぬ優し気な顔をした男の人が立っていた。
『けいじさんじゃない・・・』ひっく、と一つしゃっくりを上げると、まことの瞳にはまた涙の膜が張ってくる。

「ねぇ、君さっきからずっとここにいるけど大丈夫?どうしたの?そんな顔で泣いちゃって・・・。ここ、あんまり治安よくないんだよ?」

君みたいなかわいい子、こんなところで一人で泣いてちゃああいう人たちに連れてかれちゃうよ?と反対車線にいる男達を顎でしゃくると、男はまことに手を伸ばした。

「このビルの上に俺の事務所があるんだ。友達とはぐれちゃったんだろ?事務所からここらへん見下ろせるし、そこで待ってたら?」

ずずっとまことは鼻をすすり、差し出された手を見上げる。
はぐれたのか、置いていかれたのか・・・。
連絡を取ろうにも慶次さんは携帯電話をもっていない。
働いているお店の店長さんから仕事用に持たせてやる、と言われても、いつかあちらの世界に戻る自分にはいらないと断っていたらしい。
しかし、まこととこういう付き合いを初めてもまだ購入しないのは未だに慶次さんはあちらの世界に戻ってしまう気があるのだろうか。
自分を好きだと言ってくれた慶次を疑うような事を考えてしまい、再びまことの瞳に張っていた涙の膜がはらりはらりと膝に落ちてゆく。

「あー、ほらほら、泣かないで。あったかいお茶でも飲んでいきなって」

男は結局握り返してもらえなかった手でまことをよいしょと立たせると、ひぃん、と小さな泣き声を上げているまことの肩を抱き、ちらりと反対車線にいた男達に目配せをした。
先程まことに見せた優し気な笑顔などかけらもない、にやけたイヤらしい表情でまことに見えないように親指を立てると、それを見た男達もにやけた顔をして人並みをかき分けてまこと達の方へと向かってくる。

「ほら、こっち、エレベーター使おう?」

昼間でも陽の当たらない埃臭く薄暗いエントランスに誘導され、男がエレベーターのボタンを押した所でまことはやっと我に返った。

「あ・・・い、いいです、大丈夫です、僕、外で待ってます・・・」

そう言った瞬間、肩を握ってくる手にぐっと力が入り、まことはビクリと身体を戦慄かせた。
男はまことには答えず、鼻歌を歌いながら下がってくるエレベーターの表示を見つめている。

「あの・・・大丈夫ですからっ!邪魔なら、違うところにいますからっ・・・ひっ」

突然後ろから誰かが覆いかぶさってきて、まことはがちりと硬直する。
先程まで反対車線にいたはずの、ガラの悪い男がまことを背後から抱きしめていた。

「君さぁ、さっき男の人と仲良さそうに手繋いでたでしょ?」

ニヤニヤと笑いながら、男はまことの服の上から腹を撫でてくる。
恐怖で身体を震わせるまことを楽しそうに見て、男はまことの肩に全身を寄りかからせ、耳にふぅ、と息を吹き込む。

「や、やだぁ!離して、離してくださいっ!」

男から逃げようとまことは必死にもがくが、振り返った先にニヤニヤと笑みを浮かべた数人の男が立ちふさがっていて目を見開く。

「かっわいー!そんなツレない事言わないでさぁ」

「君、男もイケるんでしょ?ちょっと俺らと遊んでこうよ?さっきのいい男にフラれちゃったみたいだし」

男達に塞がれた明るい入り口が妙に遠くに見える。
すぐそこをたくさんの人が行き来して、楽し気な笑い声が聞こえてくるのに、あの入り口からこちらはまるで違う世界のように薄暗くじめついている。
腹の奥からぐるぐると渦を巻くように不安と絶望が込み上がってきて、まことは目の前が暗くなる。

「・・・けいじさん・・・たすけて・・・」

震えるまことの背後でチン、とエレベーターが到着した音が響いた。
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