続・プチトリ!18


熱い身体を冷ますように、何か冷たいものが押し当てられた。
首筋に、頬に、額に。
そのあんまりの気持ちよさに、ほう、と熱いため息を吐くと、唇には柔らかく、暖かい物がそっと触れる。
そこから冷たい水がとぷりと注ぎ込まれ、随分と喉が渇いていた事に気が付いた。
もっと、もっと欲しい。
唇に触れているものに舌を伸ばし、貪るように、思い切り吸い付く。
しかしそこから水はもう出てくる事はなく、ただ自分のものと同じくらいに熱い、ぬめった何かが舌に絡み付いてくる。
これも、とても、気持ちがいい。
何度も唇に暖かい物が押し当てられ、ぬめった物と舌を絡ませあい、満足をしたところでまた意識が頭の奥に吸い込まれるように消えていった。


まことがうっすらと瞳を明けると、暖かな布団に体をぽってりと収め、周囲は優しい橙色に染まっていた。

「・・・ん?」
「まこと?・・・今度はちゃんと起きたか・・・具合はどうだ?」

夕日が差し込む自室、自分の勉強机に見慣れぬ誰かが座っていて、優しい声で自分に問いかけてくる。
この人は、そう、

「こじゅうろう、さん・・・」
「ああ。・・・酷く熱が上がってる・・・辛いだろう?」

優しげな声を掛けてくれながら、小十郎は決してまことに近づこうとしない。
熱に侵されたまことは思考がきちんと働かず、しばらくベッドに横になったままぼんやりとしていたが、額に乗った濡れタオルに触れ、小十郎が熱を出した自分を看病してくれたのだ、と理解する。

「ありがとう、ございます・・・」
「いや、いい、寝てろ」

小十郎の制止する声を聞かず、まことはベッドから体を起こすと、激しい眩暈に襲われてぐらりと重心を崩す。

「っ、たく。本当にお前は危なっかしいな」
「・・・っ、・・・ごめ、なさ・・・」

ベッドから落ちそうになったところを抱きとめられ、眩暈が治まるまで小十郎の胸元にそっともたれ掛る。
ジンジンと頭が締め付けられ、手足が痺れるような感覚が薄らぐと、耳元にはコトン、コトンという小十郎の心音が聞こえた。

『小十郎さん・・・僕、どうしたんだっけ・・・』

体の関節のどこかしこも熱ぼったく、動かすのがおっくうでたまらない。
頭の中もそれと同じで、思考を働かせるのが難しい。

「・・・ほら、また横になっておけ」
「ン・・・もうちょっと、このままがいいです・・・」

何もかもが辛いけれど、早く横になって寝てしまいたいけれど、もう少しだけ、この音を聞いていたい。
フ、と頭の上で小さく笑う声が聞こえ、まことはそれに安心してまた暖かな小十郎の胸に身を寄せる。

「・・・悪かったな。・・・まこと、お前、俺が怖くはないか・・・?」
「え・・・?」

何を言うのだろうか。
こんなに暖かく、気持ちよく、安心できる小十郎さんの、何が怖いと言うのだろうか。
しかし、は、とまことは顔を上げ、夕日に照らされた小十郎の顔を仰ぎ見る。

「・・・たまに、ここ、眉毛がきゅうってなって、睨まれる時、こわいです」
「いや、そうじゃなくてだな、」
「怒られて、呆れられて、小十郎さんに嫌われるんじゃないか、って思うと、こわいです・・・」

見上げていた小十郎の瞳が見開かれる。

「・・・ああ、そうだな。俺もそうかもしれん。・・・お前に怖がられて、恐れられて、二度とこうして抱けなくなる事が怖いのか・・・」

胸元に身を寄せるまことをぐっと抱擁し、その細い体をそっと撫でながら小十郎は自分の中に燻る思いの理由を知った。
随分と夕日も落ち、薄暗くなってきた部屋の中、一人分の影が床に大きく映りこむ。

「・・・ほら、まこと。寝るなら横になれ」
「ン・・・。・・・小十郎さん、手、握っててください・・・」
「ああ、わかった、わかった」

そっと体を布団に横たえられ、ベッドの隣に膝を付いた小十郎が優しく額を撫で、手を握ってくれる。
ただそれだけの事なのに、急に呼吸が楽になったかのような安心感と心地よさを感じ、まことはほっと笑みを零す。

「おやすみ、まこと」

そんな自分を見つめる小十郎の瞳も酷く優しいもので、やっぱり小十郎さんはどこも怖くはない、と思いながら意識は暖かな闇の中へと落ちていった。




「ただいまー!・・・って、あれ?まこちゃーん?どうして灯りつけてないのー?」
「まこと殿ー!只今戻りましてございまする!まこと殿っ!聞いてくだされっ!某やりましたぞ!やり遂げましたぞおぉぉぉ!まこと殿っ!まこと殿おお!」

どこからか聞こえる、聞きなれた二人の声にまことはうっそりと瞳を開ける。
未だ熱は下がっていないようで、ぼんやりとする頭の中、それでも目を閉じる瞬間に見た小十郎の優しい瞳を思い出してハッと体を起こすと周囲を見回す。

「・・・小十郎さん・・・?」

気配など感じられないまことだが、真っ暗で人気のない周囲に直感的に『小十郎さんはもういない。帰れたのだ』と理解した。
帰れた、大丈夫だったのだ。
安心しながらも、少しだけ寂しい気持ちがする。いや、少しではない、自分は今、とっても寂しい。
帰れてよかったはずなのに、なんでこんな気持ちになってしまうのだろうか、とまことが瞳を潤ませていると、部屋のドアがバシン!と大きな音を立てて開かれ、電気が付けられ、急に視界が明るくなる。

「まこと殿っ!まこと殿っ!こちらにいらっしゃったか!聞いてくだされ!某、・・・・・・・・・まこと、殿?まこと殿っ!いかがなされた?!」
「あっ、もー、旦那ってば!そんなに物を乱暴に扱うなって今日勉強したでしょ・・・って、まこちゃん?あれ?どうしたの?具合悪い?」

ベッドの中で顔を赤く染め、瞳を潤ませるまことを見て、部屋に飛び込んできた幸村と佐助の表情が曇る。
しかし、まことは明るくなった視界、現実味が戻った部屋の中、見慣れた二人の顔に今感じていたなんとも言えない寂しさがフッと軽くなった気がして涙ぐんだ瞳を瞬かせ、思わず笑みを零す。

「ふ、ふふ、幸村さん、佐助さん、お帰りなさい」

お疲れ様でした。と布団の上で膝を付いてお辞儀をするまことに、心配そうな顔をしていた二人もホッと息をついて「只今戻帰りました!」「ただいま、まこちゃん。お弁当おいしかったぜ」と挨拶を返す。


小十郎さんも今頃、元の世界の人とこんな挨拶を交わしているだろうか。
また、会えるといい。こんな風に笑いあってお久しぶりです、と言えるといい。


そうしてにっこり笑ったまま再びまことは布団に撃沈してしまった。

それに驚いたのはにこやかに挨拶をしていた二人だ。

「えぇ?!まこちゃん?!どうした・・・うわ、熱すっごい・・・」
「なっ?!まこと殿、そんな・・・!佐助!早く解熱剤を!」

あたふたとまことを布団に寝かせ、薬だ、医者だ、と騒いでいた二人だが、枕元に落ちた濡れたタオルと床に置いた洗面器に気付いて小首をかしげる。

「む?これはまこと殿が・・・?」
「んー、・・・誰かお客さんでも来てたのかも。看病してもらってたとか・・・あれ?何これ、」

ふ、と佐助が机の上に置かれた水の入ったコップと、開きっぱなしのノートに視線をやる。
そしてそこに書かれたここにいるはずのない人物の達筆なメッセージ気付き、二人はぎょっと度肝を抜く。



その時、まことが見ていた夢は朝に見ていた夢の続きで、小十郎に手を引かれて薄暗い廊下を走り抜け、自宅の裏庭によく似た山道を駆け登り、太陽が昇り始めた空に向かって跳び上がり、ぐんぐんと二人、空を飛ぶ夢だった。

『小十郎さん、好きです、大好きです。また、また、絶対に会いましょう』

そんな楽しく幸せな夢を見ている間、幸村と佐助がまことの目が開くのを今か今かと黒い炎を背負った笑みを浮かべて待っているのなど全然、これっぽっちも、与り知らぬ事なのだった。
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