続・プチトリ!7


「それ、回して手前に引くんです」

こめかみを揉みながら、硬い胸板に体を預ける。
軽々と抱き上げられ、全身を預けてもまったく揺るがない男の腕に、なんとか治めた腰元がまた疼きそうになるのをつま先に力を入れてぐっと堪えながら、クリアに戻ってきた視界に瞬きを繰り返す。

「水場・・・台所は、階段を下りて右手にあります・・・シャワー・・・お風呂はその隣・・・」

間取りを案内しながら、頬をつけた胸板から男の人の匂いがする・・・とまことはうっとりと緩みそうになってしまう顔を引き締めようとして、失敗した。
だって小十郎さんはとてもいい匂いがする。汗と、体臭と、何か爽やかな香りが混じった匂い。香水だろうか。でも戦国時代に香水なんてあったのだろうか。
ごわごわするこの和服にその爽やかな香りが付いていて、小十郎さん自身の匂いと混ざって、身体の奥をぞくぞくとさせる匂いになっているようだ。
戦慄きそうになる腰に、何度もつま先をギュウ、と丸めて我慢をしているけれどもどんどんとお腹の奥が甘く引き攣れて、またペニスが固くなってしまう。
そんなまことを露知らず、ギイ、ギイ、と古い階段が二人分の体重で軋みを上げる中、壁にかかった何枚かの写真を見て、小十郎は感嘆の息を漏らしていた。

「なんだ・・・?この絵、風景を切り取ったような・・・。まこと、お前本当に物の怪・・・・・・・・・ハァ・・・そうだった。お前はただのスケベ坊主だったな」

見た事のない家財道具に目を奪われていた小十郎だったが、胸板に鼻先を擦り付けながら、トロンと蕩けた瞳で自分を見上げるまことに、またか、と深いため息をつく。
いつかのようにがっちりと袂を握り締められているが、今回は手も足も自分の意のままだ。
肌に吸い付かれそうな気配を感じる度にぶかぶかなまことの上着の襟首を引っ張り阻止をする。

「ン、まこ、すけべじゃないの、小十郎さんがいい匂いだから、だからまこ、おかしくなるの」
「ああ、ああ、わかったわかった。お前はいっぺん井戸で頭から水被った方がよさそうだ」

風邪だろうがなんだろうが容赦はしねぇからな、と脅しても、「小十郎さん、小十郎さん」とスンスンくすぐったい鼻息を胸に吹きかけながらむしゃぶりついてくるまことをぶらさげて、小十郎は階下の廊下に降り立った。
そして右手側にある曇りガラスの引き戸を見て眉を上げ、少々戸惑ったものの手を掛け右に滑らせると難なく開いたその戸の奥、宝野家の台所を見てヒクリと頬を引きつらせた。

「小十郎さん、小十郎さん、こじゅう・・・ん・・・?小十郎さん・・・?・・・ひょっ・・・」
「・・・おいまこと、お前、本当は何なんだ・・・?」

今までくたりと全身を持たれかけていた小十郎の体から、言い知れぬ腹の底が冷えるような空気を感じてまことは顔を上げた。
上げた先にあったのは、先程までのどれだけ自分が我侭を言っても呆れた顔をして、最後には苦笑を漏らしてくれていた小十郎とはまるで別人のような、硬く自分を睨み下ろす男の顔だった。

「こ、小十郎さん?」
「ここはどこだ?こんな家具、南蛮物でだって見たことはねぇ。・・・いや、それ以上に空気が違う。何なんだここは。まこと、お前が俺を呼んだんだろう?・・・俺をどこに呼んだんだ?お前本当の所、物の怪・・・ああ、『スケベ』な物の怪なのか?」

それでも蕩けていた瞳を緊張させたまことを見て、言葉の最後にはまた冗談を付け加えて鼻の頭をツンと突つく。

「怒っちゃいない、怒っちゃいないから説明してくれ。この前はどうして俺の所に落ちてきた?何が目的だったんだ?これも、一体どういう事なんだ?」
「・・・あの、」

もぞり、と胸の中でまことがもがき、きつく抱いていた腕を緩め、ついゆっくりと床に下ろしてしまう。
ああ、拘束したままの方がよかったか、と一瞬脳裏にあの時の、どこかへと消えてしまうまことの姿が浮かんだが、床に足をつけたまことはすぐにまた小十郎の胸元に飛び込んできた。
ぎゅうぎゅうと抱きつかれ思わずその背を抱き返すと、こんなにもこの子どもの体は薄く、小さかったのか、と驚きに目を瞠る。

「・・・・・・ごめんなさい、僕も分からないんです。どうして小十郎さんの所へ行っちゃったのか、どうして小十郎さんが来たのか・・・。でも、でも僕は人間です!す、すけべでもない・・・、ちょっとはその・・・でも、そんなに、そんなにすけべじゃないと思います!あっ!あの時は影がなかったけれど、今はちゃんと・・・・・・っ?!」

つ、とまことが指を差した床には、昇りきった朝日が明るく陽を照らし、一人分の淡い影を映していた。
びくり、と体を戦慄かせ、まことは突き出した手の平をぐー、ぱー、と動かすと影もぐー、ぱー、と形を変える。
何かに寄りかかっている体勢のまま、一人分の影はまことと同じ動きを繰り返す。

「小十郎さん・・・」
「・・・そうか・・・ここがおかしいんじゃない・・・」

俺が異質なのか・・・と小さく呟く声がして、その声を聞いたまことはなんだか胸が絞られたような切なさを感じ、またぎゅうぎゅうと大きな体に抱きついた。
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